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  (日経新聞の画像と記事より)

「開発に成功した新型弾道ミサイルは中国全域を射程に収めた」。
北朝鮮の幹部が内部で口にしたという極秘の話の一部が、中朝国境をまたいで中国側に流れてきている。

日本上空を通過して米国領グアムのアンダーセン空軍基地周辺を狙うミサイル発射があるのか。
これが世界の関心の的だが、実は「中国全土が北朝鮮の核ミサイルの照準に入った」という事実も、現在の緊張状態を読み解くには極めて重要だ。

北朝鮮の意図の証拠ともいえる奇妙な映像が公表された。
5月21日、北朝鮮は朝鮮労働党委員長の金正恩も立ち会うなか、内陸部の平安南道の北倉(プクチャン)から、固体燃料を使った中距離弾道ミサイル「北極星2」を打ち上げた。
ミサイルは小型カメラを搭載し、地上が徐々に遠ざかる様子を空中から撮影していた。
北朝鮮の国営放送は翌日、かなり長い映像を大々的に公開した。

軍事専門家らの分析によると、映像は中国領内の地形を延々と映している。
北朝鮮内陸部から発射したミサイルは東方の日本海に落ちたにもかかわらず、映像は西側を映していた。

「中国遼寧省の大連や旅順がある遼東半島がくっきり見える。
西は中国の内海である渤海。南は黄海だ。ここまで雲はない。
渤海の西方には首都北京が見えるはずだったが、大気汚染を含む分厚い雲が邪魔した。
最後に映像は、わざわざアングルを北京上空に移し、照準を合わせた形を示した」

朝鮮半島の安全保障に詳しい国際関係筋は指摘する。
なぜ北朝鮮領内でなく、中国領の映像をあえて公開したのか。

北朝鮮の基地周辺は軍事機密だからという理屈は成り立つ。
だが、中国が制止する弾道ミサイルから中国を“盗撮”し、公開するのは「血で固めた友誼(ゆうぎ)」を結ぶ中国への信義にもとる。

「中距離弾道ミサイル、大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星12、14』は米国を狙うが、すでに金正恩が量産を指示した中距離の『北極星2』は北京も標的にできる。
言葉ではなく映像で意図を伝えたのは巧妙だ。
金正恩は(中国国家主席の)習近平を脅している」

先の国際関係筋の見方だ。
北朝鮮は「ICBMは米本土も視野に入れた」とうそぶく。
だが、今の技術ではワシントンをピンポイント攻撃する能力には乏しい。
しかし、平壌に近い北京や上海なら比較的容易だ。

北朝鮮は中国による制裁に強く反発した。
「レッドラインを越えた」とかつてない非難に踏み切ったのは、映像を公開する前のことだった。
とはいえ、経済的な中国頼みは明らかだ。
石油だけでない。北朝鮮の市場には中国製の日用品があふれる。
もはや中国なしに市民生活は成り立たない。

「金正恩は中国の“半植民地”になるのを避ける手段が核兵器だと考えている。
多様な弾道ミサイルと合わせれば、経済的にかなわない中国とも対等に話せる」。
別の中朝関係者の見方だ。
北朝鮮が最後に狙う米国との国交樹立も、中国依存から脱する手段になりうる。

中朝関係はここ数年、かなりこじれた。
要因は中国の内政にもある。
北朝鮮側の主役は、金正恩の叔父で、処刑された張成沢だ。
中国とのパイプ役だった張成沢は2012年8月17日、当時の中国トップ、胡錦濤と北京で会談した際、ある陰謀を口にした。

正統性なき金正恩を排し、中国の後ろ盾を得て兄の金正男を擁立したい――。
重大な提案だった。

胡錦濤は数日前、共産党大会を控えた「北戴河会議」で、長老の江沢民に自分の側近、令計画の不祥事を暴かれてタジタジになっていた。
決断力が衰えていた胡錦濤は即答を避け、「最高指導部会議に諮る」と伝えるしかなかった。
これが張成沢と金正男が死に至る運命を決めたといってよい。

国家安全省と警察を仕切った江沢民派の最高指導部メンバー、周永康は金正日時代の北朝鮮とパイプを築き、後継者に指名された金正恩とも気脈を通じていた。
周永康は張成沢の奇妙な動きを盗聴で察知し、内政の戦いに使う意図も絡めて、ひそかに金正恩へ通報した。
実際の連絡役は、後に習近平政権が摘発した国家安全省幹部の馬建だったという。

激怒したのは金正恩である。
張成沢を追い込み、13年末には有無を言わさず死刑にした。
17年2月にマレーシアで殺された兄、金正男の事件も、この延長線上にある。
5年かけて中国側にいる兄を追い詰めた。

中国の周永康は13年10月に自由を奪われ、同12月に公式に拘束された。
北朝鮮では張成沢の処分が同時進行していた。
中国が早期に周永康の拘束を公表すると、張成沢との関係に焦点が当たってしまう。
発表は翌夏まで引き延ばされた。

周永康は最後は無期懲役になった。理由は汚職だ。
だが、中国が発表した周永康の罪状を詳細に見ると、国家機密の漏洩が含まれる。
機密の中身は説明されていない。

これが12年夏、盗聴で得た張成沢を巡る情報を金正恩に漏らした罪だ。
中国の権力闘争も絡む国際情報戦の当事者だった金正恩は、中国の弱みも握った。

自分を下ろす陰謀に中国の一部が加担し、それを親切にも教えてくれた中国内勢力は粛清されてしまった。
だから「中国の言いなりにはならない。すでに核兵器を持ち、中国全土は照準の内にある」。
金正恩は逆に脅しているように見える。

中国も負けてはいない。
8月初旬、2回のICBM実験を受けた国連安保理の対北朝鮮制裁決議に賛成。
中国海軍は渤海と黄海で、初めて実戦形式の大規模ミサイル演習を実施した。

渤海と黄海は、先に紹介した北朝鮮のミサイル搭載カメラが映し出した海だ。
渤海沿いの北戴河は、まさに共産党大会前の重要会議の最中だ。
演習には北朝鮮攻撃を検討する米国、そして北朝鮮にも圧力をかける意図があった。

米朝双方をけん制した演習の意味を解説するような論評を、共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報が8月11日に掲載した。

ポイントは2点ある。
「もし北朝鮮が米国領を威嚇するミサイルを発射し、報復を招いたなら中国は中立を保つ」
「米韓同盟が軍事攻撃で北朝鮮政権の転覆を謀り、朝鮮半島の政治版図を変えようとするなら、中国は手段を講じて断固阻止する」

「中国は中立を保つ」は、1961年締結の中朝友好協力相互援助条約の肝である「自動参戦条項」を履行しないという宣言だ。
条約は「一方の国が攻撃されて戦争状態に陥った場合、他方の国は全力で軍事援助を与える」と定める。
米軍が北朝鮮を攻撃すれば即、中国に軍事援助の義務が生じる。
すなわち米国と戦う羽目に陥るのだ。

冷戦時代の遺物といえる条項は、中国にとって重荷である。
「中国全土が核ミサイルの照準内」と習近平を脅す金正恩を助ける義務などない。
金正恩もそんな中国にいら立つ。

トップ就任後、一度も訪中できないのは「張成沢・周永康問題」のほか、中朝条約の今後を巡って深刻な対立があるからだ。

一方、中国は「朝鮮半島の版図変更なら断固阻止」の方で、武力行使を排除していない。

中国は「中立」を示唆するが、米軍が北朝鮮に踏み込むなら難民流入の阻止を名目に、中国軍が北朝鮮領内に侵入するだろう。
米軍と正面衝突しないだけだ。
ある中国の安保関係者は「国境から100キロほど入って“中立地帯”をつくる選択肢はある」と口にする。

米大統領のトランプも「米国への威嚇行為をしないことが、北朝鮮にとって最善だ。世界が見たことがない炎と怒りを受ける」と“口撃”した。
まるで北朝鮮の声明だ。
金正恩への強い怒りは習近平にもある。
だが、こちらはおくびにも出さない。

北朝鮮が反撃すれば在韓米軍などに深刻な打撃を受けるだけに、トランプは簡単には攻撃に踏み切れない。

当面は通商法301条を駆使し、中国による知的財産権侵害に関する調査の検討などで習近平をやる気にさせるぐらいしか手がない。

金正恩も8月15日、米領グアム周辺へのミサイル発射に関して「米国の行動をもう少し見守る」と思わせぶりな発言をした。米中朝のチキンレースはなお続く。

# by mnnoblog | 2017-08-17 08:37 | 国際
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(J B press の画像と記事より)

インドと中国の国境地帯で起きている両軍のにらみ合いが、戦争に至る危機かもしれない。

きっかけは、中国がブータンと領有権争いを行っている地域で、中国軍が道路建設を行ったことだ。

ブータンの安全保障を担うインドが阻止に入り、印中両軍がにらみ合い、次第に兵力を増強しながら、6月半ば以降1か月以上にらみ合っている。

今、インドと中国の国境地帯で何が起きているのだろうか。
ことの発端は、中国がチベット地域で行っている道路建設が、中国とブータンと領有権問題で争っている地域にまで伸びてきたことだ。

結果、ブータンの安全保障を担うインドが兵を送り、これを阻止しようと立ちふさがった。

今回中国が建設している道路は、重量が40トンの大型車両の走行に耐えるものであるが、これは中国がチベットで実験を繰り返している新型戦車の走行に耐えるもので軍事目的に使用できる道路である。

また、この地域は、インド側にとって軍事的な重要地域であることも特徴だ。

インドは大きく2つの地域、インド「本土」と北東部に分かれていて、その2つの地域は、ネパール、ブータン、バングラデシュに挟まれた鶴の首のような細い領土でつながっている。

この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。
この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。

そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。

今回、中国はこのようにインドにとって安全保障上重要な地域で、中国の戦車が移動できる道路を建設しているわけだ。
そして、インドがこれを阻止しようとすると戦争をちらつかせて脅しをかけていることになる。

国境地帯における中国側からインド側への侵入事件は、2011年は213件であったが、2012年は426件、2013年は411件、2014年は460件と上昇してきた。
中国は、戦闘機や弾道ミサイルの配備も積極的に進めている。

さらに、中国は印中国境防衛にかかわる周辺国、パキスタン、ネパール、バングラデシュなどでも影響力を拡大させている。
周辺国への政策もインフラ建設や軍事力の展開がメインだ。

特にパキスタンへは「一帯一路」構想の一部「中国パキスタン経済回廊」構想に基づいて、印パ間で領有権を争っているカシミールで道路建設を行い、パキスタン軍との共同国境パトロールなども実施している。

ネパールへも道路を延伸し、武器を密輸している。
そしてバングラデシュに対しても、港湾建設や武器輸出などを通じて影響力を行使し始めている。

そこでインド側も対処しようとしてきた。
インフラを建設し、軍の再配置も進め、戦車部隊、多連装ロケット部隊、巡航ミサイル、「Su-30戦闘機」の配備を進めている。

さらに、インドは、周辺国対策も進めている。
インフラ建設の支援と共に、武器輸入への影響力を狙った構想だ。

しかし、もし中国が本当にインドを攻撃するとしたら、どのような目的があるのだろうか。領土が欲しいのだろうか。

そもそも、中国とインドが争っている領土は、あまり魅力的な領土ではない。
標高は5000メートル以上もあり、人はほとんど住んでおらず、開発も進んでいない。
水以外の資源も特に見つかっていない。自然がとてもきれいなだけである。

では何が真の理由なのだろうか。

中国にとっての利益は、より外交上の成果を狙ったものだと考えられる。

例えば1962年の印中戦争は、米ソのどちらでもない非同盟諸国のグループにおいて、中国とインド、どちらが主導権を取るかの争いだった可能性がある。
実際、印中戦争の後、非同盟諸国の間でインドはリーダー格には見られなくなり、中国との協力関係を強化する動きが続いた。

では、現代の中国にとって、インドを攻撃する真の目的はあるのだろうか。
6月半ばから続いているインドと中国のにらみ合いの原因が、中国とインドではなく、中国とブータンの間で起きた領土問題に起因することは注目に値する。

もしインドが中国の要求しているように兵を引けばどうなるか。
ブータンは、インドはブータンを守ってくれないと考えて、インドのブータンに対する影響力が落ちることになる。

インドが譲歩すれば、ブータンだけでなく、ネパールやバングラデシュ、スリランカ、モルディブ、ミャンマーなどのインドの周辺国からみて、インドは弱い国として見られる可能性がある。

つまり、中国の軍事行動の真の目的には、他の周辺国に対して、インドと中国、どちらが影響力を有するか、争っている側面がある。

中国は「強い」リーダー的存在の国であり、インドは「弱い」国であると証明したい。

しかも、中国から見れば、インドのナレンドラ・モディ政権の政策は、挑戦的である。

例えばインド海軍の艦艇は、かつては、日本に寄港すると中国にも寄港していた。
ところがモディ政権成立の1か月前を最後に中国へ寄港しなくなった。
モディ政権が、中国軍のインド洋進出を不愉快に思っていることを示す明確なメッセージとなっている。
6月には、中国で行われた「一帯一路」サミットへのインド代表参加の招待を断っただけでなく、「一帯一路」構想に対する明確な反対の公式声明を出した。

そこには、インドが領有権を主張するカシミールで中国軍が道路建設を行っていることへの不満や、援助される各国の現地の事情を顧みずに援助漬けにする中国のプロジェクトの在り方への批判が書かれている。

そしてその直後に、日本と共に「アジア・アフリカ経済回廊」構想を打ち出し、日印主導の援助外交によって、中国への対抗心を明確に示している。

中国から見ると、これらのインドの行動は、中国がリーダー的な存在であることを否定する挑戦的な姿勢である。
だから、過去3回の軍事行動と同じように、中国の影響力を示す手段として軍事的な攻撃を選択することがあっても、不思議ではない。

# by mnnoblog | 2017-08-16 08:36 | 国際
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  (NEWSWEEKの画像と記事より)

アメリカが、ヨーロッパでロシアの影響力に対抗する新たな手段を獲得した。液化天然ガス(LNG)だ。

地中深くの頁岩(シェール)層からの天然ガス採掘を可能にした「シェール革命」のおかげで、アメリカは天然ガスブーム。
天然ガスを液化したLNG(液化天然ガス)の輸出では2020年までに世界3位になる勢いだ。

アメリカはこれを好機と捉え、世界の天然ガス市場へ支配を広げ、ヨーロッパ市場を独占してきたロシアに挑戦している。

ドナルド・トランプ米大統領は7月上旬、ドイツで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の前にポーランドを訪問し、アメリカはヨーロッパ向けに天然ガス輸出を保証し、「ポーランドや周辺国はもう二度と、エネルギー供給源を1つの国(ロシア)だけに依存しなくてよくなる」と言った。

ヨーロッパ諸国は、トランプが8月2日に署名し成立した対ロ制裁強化法案を非難してきた。
制裁対象になるロシアの天然ガス輸出パイプラインの建設に関わるヨーロッパ企業にも適用される可能性がある。

ドイツのシグマール・ガブリエル外相とオーストリアのクリスチャン・カーン首相は、「ヨーロッパのエネルギー調達はヨーロッパの問題だ、アメリカの問題ではない」として同法を批判した。

欧米間やヨーロッパ域内でエネルギーをめぐる緊張が高まっている原因は、ロシアが主導するガスパイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」にある。

計画を進めるロシアの国営ガス会社ガスプロムは、バルト海経由でロシアからヨーロッパに天然ガスを運ぶ現行の「ノルド・ストリーム」を拡充し、ウクライナを迂回することで同国に支払うガス通行料をなくそうとしている。

「ノルド・ストリーム2」に対し、ヨーロッパ諸国の受け止め方はさまざまだ。
ロシアの天然ガスの最大の消費国であるオーストリア、フランス、ドイツなどは支持している。
一方、バルト3国や北欧諸国は、ヨーロッパの天然ガス市場でロシア企業の独占が強まり、地域の安全保障上の脅威になるとして批判してきた。

大西洋評議会のシニアフェローでエネルギー市場の専門家であるアグニア・グリガスは、新書『天然ガスの新たな地政学』で、天然ガスをめぐるヨーロッパとロシアとアメリカの三角関係を理解するうえで基礎となる地政学を見事に説明している。

グリガスは世界の天然ガス市場における複雑な情勢を図式化し、とりわけロシアがガスプロムをヨーロッパやユーラシア地域との駆け引きに利用していることや、アメリカが主導する世界的な天然ガスブームにも着目している。

たとえこのまま「ノルド・ストリーム2」の建設計画が進んでも、ヨーロッパ市場でロシアの独占は崩れつつあると、グリガスは言う。
アメリカを筆頭に新たな天然ガスの調達先が出現したことを追い風に、ロシアの計画に反対する国が増加しているのだ。

リトアニアはバルト海沿岸の港にLNGターミナルを建設し、ロシア以外の調達先からも輸入できるようにした。
今年に入り、アメリカからLNGを購入する契約も締結した。
ポーランドはすでにアメリカからLNG輸出第1号を調達し、追加の契約を締結した。

アメリカのシェールブームばかりでなく、調達先の分散や効率化、再生可能なエネルギーの利用促進を目指すEU独自のエネルギー政策が生み出す新しいビジネスチャンスは、ヨーロッパ諸国にロシア以上に魅力的なエネルギーの調達先を与えてくれると、グリガスは言う。

世界のLNG輸出は今後少なくとも20%は増加する見込みだ。
エネルギー輸出国としてのアメリカとロシアの競争の舞台は、ヨーロッパ市場のみならず世界中に拡大する可能性がある。

ロシアは年内に、北極圏のヤマル半島で3つ目のLNGターミナルを開く予定だ。
もしうまくいけば、ロシアの独立系ガス大手ノバテクはLNG市場参入が比較的遅かったロシアがアメリカに追いつき対抗する原動力になるかもしれない。

グリガスは、LNGが今後各国の外交にいかに影響するかを見通した上で、ヨーロッパやアジアの天然ガス市場がロシア依存から脱却するためにアメリカのLNGが重要な役割を果たすと強調している。

アメリカはシェール革命に投資し新しいグローバルな天然ガス市場を構築することで、ヨーロッパへのLNG輸出を最大化できる。
LNGの輸出拡大は、トランプ政権の目玉政策の1つでもある。
新しい天然ガス輸出大国が台頭し、新たな関係が形成されるにつれて、ロシアのガスパイプラインが独占してきた従来の市場は淘汰されるだろう。

# by mnnoblog | 2017-08-15 08:47 | エネルギー
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  (DIAMOND online の画像と記事より)

昨年3月、私は15年間勤務していた東大病院を任期満了退官しました。

所属していた組織を離れ、心の同志はいますが、物理的には「ひとり」で住んでいます。

そんな、ひとりという状況で浮かぶのが、「孤独」という言葉です。


一般的には、孤独にはネガティブなイメージで語られる面があります。

その筆頭が「寂しい」イメージですが、「ひとりは寂しい」という一方的な感情を、私たちは幼い頃から他人に刷り込まれてしまってはいないでしょうか。


私は現在、何よりも自由という喜びを感じています。

その自由には、責任の所在も含まれています。


いいことも悪いことも自分の責任である、ということが心地いいのです。

これは「自立」と言い換えることもできるかもしれません。


日々のすべてが自分の裁量というのは大きいことです。

時間の使い方にしても、お金の使いみち、食事の選択にしても、すべてが自分の裁量にまかせられているのはありがたいものです。


しかし、何といっても、ひとりの時間の思考には一切の遠慮がいりません。

すべてを自分本位に考え、素直に感じることができます。

自分にどこまでも正直になれます。


実は、意外にも組織にいたほうが、人は相対的にひとりを感じやすいものです。

組織に適合してしまえればそう感じることはないでしょうが、適合できない、合わない、と思う時に、人はひとりだと感じるものです。


ひとりとは、実は比べるものがあって初めて相対的に感じるものであり、はじめからひとりでいると自覚していれば、それは絶対的なものとなり、だからどうだと感じることはなくなるものです。


私自身、現在は物理的意味ではなく意識としてひとりだと思っています。

非常勤で大学に行くことはありますが、たとえ今、どこかの組織からお誘いが来たとしても、当面は考えていません。

組織というのは宗教と一緒で、そこに組織の論理が働きます。

そこで自分の意見を変えないといけないようなことがあっては困るからです。
とりあえず私は、どこにも属さず、ひとりである今に何の不自由も感じていません。


言うまでもありませんが、誰もがひとりで生まれ、ひとりで逝きます。

ですから、誰かが定義するしないにかかわらず、誰もが本来ひとりなのです。


いつも自分は大勢でいるから孤独ではない、と言う人がいますが、そういう人に限って自分が孤独である事実を見ないようにしています。


ひとりでいても、心が孤独でない人はひとりではありません。

逆を言えば、大勢といても決断を下す時はひとり、あるいはそこに寂しさを感じたら孤独です。

独居をしていても、ひとりという感覚がないという人もいるでしょう。


つまり、孤独とは、ひとり暮らし、家族がいない、友人がいない、といった状況を指すのではなく、寂しさを感じているといった心の在り様を指すわけです。

ここでは、物理的なひとりだけではなく、大勢の中にいても感じる孤独を含めた広い意味での心の在り様も示す言葉として、「ひとり」を使うことにします。


ひとりとは、「人間本来の自由な状態」と私は解釈しています。
もっと簡潔に、「あるがまま」「ありのまま」と言ったほうがいいでしょう。
本来のあるがまま、人としてのあるがまま。そして、最も自由な状態。
それが、「ひとり」なのです。


私は、今という時間を大切にしたいと思っています。

過去も将来も一体となった今を生きる、つまり古神道でいうところの「中今」です。


ひとりであるという自由な状態をありがたいものと受け止めて、あるがまま、ありのままに「ひとり」を楽しんでいる時こそ、「没我」に、そしてこの中今を生きることにつながるのです。


ひとりの時間のメリットには、次の3つがあります。

(1)惑わされない
(2)自由に考えられる
(3)自在に動ける


他人に惑わされない時間というのは、「自決する力」を高めます。

自決とは、他人ではなく自分で決める意思であり、その態度のことです。


この力が強ければ、たとえば集団内に身を置いていても、周囲に左右されることがありません。

逆にこの力が弱ければ、いつも周囲に左右されます。


自由に考えられる時間は、「想像する力」を高めます。
自在に動ける時間は「幅広い関心を持つ力」を高めます。


自決力、想像力、関心力。

この3つは、情報が錯綜する社会において、楽しんで生きるための必須能力です。

心の自由が得られる3つの能力なのです。


作家ウィリアム・シェイクスピアは、「私はひとりでいる時が一番忙しい」と公言しました。

古代ローマの政治家マルクス・トゥリウス・キケロも「人はひとりでいる時が最も精神的に多忙」と遺しています。

ひとりの時間は暇ではないのです。


ひとりでいるのなら時間はたっぷりあるだろう、と考える人もいるでしょう。

けれど、それはそもそも時間に対する観念の違いなのですから、たとえば、人のために一生懸命何かをすることが喜びです、という人と、自分のことしか考えない人に共有できる部分がないのと同じくらい根本的に理解してもらえないことだろうと私は思っています。


ひとりでいる時間は、学びの時間です。

情報を仕入れたり、考えたりして、終始学んでいる時間だといっても過言ではありません。


また、情報はいろいろな方法で仕入れています。

読書をして得ることもあれば、人と話すことで得られることもあります。

それである情報の筋道ができると、そこからまた新しい情報が入ってくることも多々あります。

つまり、ひとつを知れば、それでおしまいではなく、どんどん次が、その先が知りたくなってくるから忙しいのです。


ですから、ひとりの時間というものの感覚を、たとえば時間を大切にしない人に理解してもらおうというのはそもそも無理なことなのかもしれません。


矢作直樹(やはぎ・なおき)

1956年、神奈川県生まれ。81年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。99年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年、東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長となり、15年にわたり東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力する。16年3月に任期満了退官。


# by mnnoblog | 2017-08-14 08:12 | 生活
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  (DIAMOND online の画像と記事より)

その時々の経済情勢に対して政策の取り組みや課題を示す「骨太の方針」では、これまで「デフレ脱却を確実なものにする」(15年)、「デフレ脱却に向けて大きく前進」(16年)と記すなど、“デフレ退治”が政策の中心に据えられてきた。

それが17年の骨太の方針では、「デフレ」の文字が消滅、政策からも消えた形だ。じつは、毎月の経済情勢を判断する「月例経済報告」でも、2013年12月からデフレの文字は消えている。

こうした背景について内閣府は、「この1年余り、消費者物価指数が前年を下回ることはなく、物価が持続的に下落する状況ではなくなった。つまり、デフレは終わったという認識だ」と話す。

確かに、2012年12月からの景気拡大局面は戦後3番目の長さになり、需給ギャップや雇用の指標も改善している。デフレの時代は終わったかに見える。

とはいえ内閣府は、「『デフレ脱却宣言』をするにはまだ様子をみる必要がある」という。
内閣府が06年3月に作った「デフレ脱却の定義」では、物価が持続的に下落する状況を脱したことに加えて、「再びその状況に戻る見込みがないこと」を挙げているからだ。

この点については、「景気回復のテンポは弱いし、物価もほぼ横這い(前月比0%程度の上昇)の下で、再びマイナスにならないとはいいきれない」と、内閣府は自信なさげ。それを反映してのことなのか、公式の「デフレ脱却」宣言はまだしないという。
こっそりと各文書からデフレの文字を消したというのが実情のようだ。

そもそも「デフレはなかった」と、指摘する専門家もいる。

消費者物価指数(CPI)を、天候などに左右される生鮮食品やエネルギー関連を除いたもので見ると、1998年から前年比マイナスとなって低迷。
2008年にプラスに転じたものの、リーマンショック後は再びマイナスになったため、デフレは続いているとされてきた。

だが、明治学院大学の熊倉正修教授は、「CPIの中身を詳細に分析すると、実はデフレは生じていなかったことが分かる」と指摘するのだ。

CPIは、585品目(2015年指数)程度の価格指数を加重平均して算出されるが、調査対象品目の銘柄変更や、品質調整などの影響を反映している。
基本は、同一の品質、性能を持つ商品やサービスの平均価格の変化を追跡する指数であるためで、新商品が売り出されたり機能や品質が向上したりした場合には、その分を「価格下落」とみなし、価格から差し引く調整が行われているわけだ。

1990年代後半以降、技術の進歩が著しいパソコンやデジタル家電といった情報通信(IT)機器が次々に対象品目に採用されたことに加え、「品質調整」に伴う調整も行われ、IT機器の物価指数は2000年代(2000〜2010年)だけでも年率(平均)17.1%、家電製品を加えると12.9%の下落率となっている。

熊倉教授は、こうしたIT・家電製品を除けば、「実際のCPIは90年代後半から2012年頃までほぼ横這いで、安定して推移している」とし、「名目的な数字にごまかされていただけで、デフレはなかった」と語る。

一方で13年から、CPIが緩やかな回復傾向になっていることについて、政府は「アベノミクスによるデフレ退治が奏功した結果」と喧伝する。

だが、熊倉教授は「アベノミクスは関係ない」と断言する。

熊倉教授は、物価が上昇した理由として、まず、IT機器市場の成熟化を受けて品質調整が見送られるケースが増えたことや、為替レートが円安に振れる中で中国からの輸入品が急増したことをあげる。
その結果、IT・家電製品の物価指数は12年末に下げ止まって、他の品目の上昇率を上回るようになり、逆に総合指数の上昇を下支えする役割を果たすようになった。

もう一つは、人手不足を反映した「労働需給の変化」が要因だという。
高齢化や労働人口の減少に伴って、介護や福祉などの産業で労働需要が急増、人手不足が顕著となって賃金が上がり始めたからだ。

「こうした二つの要因によって物価が上昇しただけ。アベノミクスの時期とたまたま重なっただけで、その効果と物価上昇は関係ない」(熊倉教授)というのだ。

むしろ安倍政権は、医療や介護などの報酬を抑制してきたことに加え、社会保障の安定財源確保のための消費増税も先送りするなど、「介護や福祉分野の賃金やサービス価格を政府が抑え込んで、物価が上がらない方向の政策をとってきた」(同)。

このように考えていくと、結局、「デフレ」の文字が消えたのは、アベノミクスの効果ではなく、統計作成に関する技術的な要因や製造業からサービス業へと産業構造が変化する中で、介護や福祉分野において人手不足、労働需給のミスマッチが起きたことが主な原因ということになる。

金融危機やリーマンショック後、何も手を打たなかった場合を考えれば、マクロ政策が金融不安を抑え、経済を下支えしたことは確かだ。
だが、物価変動の原因という側面から考えれば、アベノミクスは何やら“一人相撲”をとってきたような趣だ。

では、日本銀行が、財政ファイナンスと紙一重である大量の国債を買い入れてまで、力ずくで“統計上”のデフレを退治しようと、必死になったのはなぜなのか。

その理由はずばり、デフレの「定義」がはっきりしていなかったことにある。

戦後、長い間、インフレの方が切実な問題だったこともあって、物価下落に関する認識は浅かった。
バブル崩壊後の不良債権処理の遅れが景気停滞を長引かせる中で、いくら日銀が金利をゼロ近くまで引き下げても、物価が下がり続けていると、それだけで過剰債務を抱えた企業の収益は改善せず、不良債権処理がさらに遅れるといった悪循環に陥りかけた。

そこで政府は01年3月、それまで「物価下落と景気後退が同時に進む」としてきたデフレの定義を、「物価の持続的な下落」に変更して、「デフレ」を宣言。
日銀も「デフレは貨幣の供給量が足りないからだ」との主張に押し切られるように、量的緩和政策に踏み出すことになる。

それまで、デフレは「不況の結果」というのが一般的な考え方だった。
それがいつしか、デフレが「不況の原因」となり、ついには「物価下落はとにかく悪いこと」だというのが共通認識となって、日銀は緩和圧力を受け続けたのだ。

つまり、当初は、不良債権処理を加速させるためにデフレの定義を変更したものの、それが逆に政府や日銀を縛り付ける結果となったわけだ。

そもそも、98年から、日銀の黒田総裁が「異次元緩和」に踏み出す直前の2012年にかけてのCPIの下落率は、年率マイナス0.3%程度だ。
グローバル化による世界的な供給構造の変化やIT化、先進国の低成長を考えれば、CPIは、「物価や賃金が上がりにくい、変化しにくい経済」になったことを示しているに過ぎなかった。
にもかかわらず、日本では「デフレ脱却」が叫ばれ続けたのである。

それはなぜか。「デフレ」と言っている方が、都合の良い面があったからだ。

政治家たちは、「デフレ」を「不況」と言い換えることにより、景気対策を打つことで有権者や業界団体にいい顔ができる上、財政再建や増税といった票につながらない政策に取り組まずに済んだ。
また、企業経営者もデフレを賃金抑制の口実に使うことができた。
日銀もデフレ対策名目で国債を買い上げているいる限り、批判の矢面に立たされずにすむ。

唯一、「本音」でインフレにしたかったのは、巨額の財政赤字を抱える政府だろう。
ただ、現実はデフレというより物価安定に近かったため、賃金は増えなくても物価の下落が暮らしを支えていた面はあったし、退職世代も預貯金の目減りを心配することはなかった。
モノもサービスもあふれた経済で、政府や日銀がもくろんだような「インフレ期待(予想)」から、消費者が商品を買い急ぐことも起きなかった。

「財政や社会保障といった本質的な議論を避けるため、なにもかもをデフレのせいにして、国民に『デフレさえ脱却すれば日本経済の問題は全て解決される』と信じ込ませた。
いわばデフレに濡れ衣を着せてきたわけだ。
日銀もそうした状況を望んでいたわけではなかったが、結果的には加担してしまった格好だ」と、日銀の元幹部は話す。

政府は、密かにではあるものの「デフレ」は終結したと認めた。
となれば、長年に渡って議論を先送りし、目をそらし続けてきた課題について、もはやデフレのせいにできなくなったということだ。
デフレは統計上の“まやかし”であったかもしれないが、そうした課題は、まやかしで済ますわけにはいかなくなったのである。

# by mnnoblog | 2017-08-13 08:33 | 経済

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