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退位・即位の日まで議論すべきこと

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  (日経新聞の記事より)

従来の天皇代替わりは服喪の重苦しい空気と重なっていた。
それとは違い、今回の「その日」までの約1年5カ月は、去りゆく平成時代を惜しみながらも、祝祭気分に包まれた期間となるだろう。

しかし、このまま新時代へと走り抜けてしまってよいのだろうか。

「象徴天皇のあり方」や皇位継承の構造的な問題についての議論は生煮え、もしくは放置されたままである。
退位は天皇の自己都合で提起されたのではなく、皇室制度の根本への問いかけであった。

それゆえ、天皇からの「発議」という憲法上危うい状況ながらも、特例法という形で退位が実現するのではなかったか。

「お疲れさま、ごゆっくり」だけで終わらせてしまっては、国民の総意に基づくはずの象徴天皇への理解が未熟過ぎるのではないだろうか。

退位を論じるなかで「静かな環境で」という言葉がさかんに使われてきた。
怒鳴り合い、つかみ合いをするテーマではないのは確かだが、国会での儀式的な議論などを見ると、異論を唱えるのを遠慮すべきだという過剰抑制も感じられる。

戦後間もないころに現行皇室典範法案を審議した帝国議会の議事録を見ると、女性天皇や天皇の人権など、様々な議論が活発に行われている。
「静かな環境」の強調が議論を停滞させるとしたら、天皇論議がタブーだった戦前への逆戻りだ。

いま皇室が抱えているもっとも深刻な問題は不安定な皇位継承の仕組みである。
退位特例法の付帯決議で「先延ばしすることはできない重要な課題」とされていたことが忘れられてはいないだろうか。
女性宮家などの議論を早急に始めなければ、悔いを千載に残すことになりかねない。

このほか、バブル経済絶頂期に行われた平成の即位儀式をそのまま踏襲するのか、思い切って簡素化すべきか、といった課題もある。

退位・即位の日に向かって、10連休がささやかれるなど、ある種の騒々しさが続くと予想される。
そのような枝葉はおくとして、「静かな環境」を名目に重要な議論が封じられるようであってはならない。

by mnnoblog | 2017-12-13 08:28 | 社会

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