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2017年 03月 02日 ( 1 )

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(日経新聞の画像と記事より)

難病のもとになる遺伝子の異常を受精卵のうちに治し、健康な子どもが生まれるようにする。

こんな予防・治療法を、厳しい条件付きながら容認する報告書を、世界の科学政策に影響力をもつ米科学アカデミー(NAS)がまとめた。

後の世代にまで影響が残り「神の領域」に近づくともいえる医療なだけに、アクセルとブレーキの加減が極めて難しい。

長年、子宝に恵まれなかった夫婦が不妊治療によって受精卵を得て、胎内に戻す前に詳しく検査したところ病気との因果関係が明らかな遺伝子の異常が見つかったとする。
最新の技術を使えば受精卵の段階で治せるが、もし病気とは無関係な部分の遺伝子にまで意図せざる変化が起きたら、成長の過程で体に異常が出るかもしれない。
健康だったとしても、その子や孫に、異常が現れる可能性もある――。

こんな場合、どうしたらよいか。

今回の米科学アカデミーの報告書「ヒトゲノム編集:科学、倫理とガバナンス」は米国、英国、中国の研究者らが1年以上議論し、専門家以外の人たちの意見も参考にしながら、この難問に答えようと試みた結果である。

国際的な共通ルールの基盤にしたいとの狙いもある。
対象となる難病は遺伝性疾患のハンチントン病、地中海貧血とも呼ばれるサラセミア、ライソゾーム病の一種であるテイ―サックス病などを想定している。

これまで各国で卵子、精子、受精卵といった生殖にかかわる細胞の遺伝子操作はタブーとされていた。
そもそも、病気に関係する部分だけを上手に操作して治す手法はなく、想像の世界での話でしかなかった。

ところが、遺伝子の異常な部分を切り落とし、残りをきれいにつなぐなどの「切り貼り」が比較的容易にできる「ゲノム編集」の技術が進んで状況が一変した。
なかでも「クリスパー・キャス」という手法なら、かなり正確に操作ができ、臨床応用への期待が高まった。

米科学アカデミーが受精卵などへのゲノム編集の問題を正面から取り上げる国際会議「ヒトのゲノム編集に関する国際サミット」を開いたのは、2015年12月にさかのぼる。
きっかけは同年4月に中国のグループが、受精卵にゲノム編集を施したとする研究結果を世界で初めて発表したことだった。

生殖にかかわる細胞に対するゲノム編集には、慎重な声が多かった。
サミットの声明には、不妊症のメカニズムの解明など基礎的な研究のためには認められても胎内に戻して出産させるのは現時点では「無責任」と盛り込んだ。

その後、専門委員会や公開討論会などを重ね、公表したのが今年2月14日の報告書だ。
生殖にかかわる細胞のゲノム編集は「容認されうる」と明記した点が前回の声明と大きく異なる。

ただ、重要なのは今回の報告書が単純に受精卵などのゲノム編集を解禁し、推進しているわけではない点だ。
「慎重に、かつ一般の人々の意見を幅広く取り入れながら」進めるべきだとして、実施が認められる場合の厳しい条件を10項目ほど掲げた。

具体的には「ほかに治療法がない」「病気の原因や深刻な症状を確実にもたらすとわかっている」「リスクや健康上の利点に関する信頼できる非臨床・臨床データがある」「臨床試験が厳格に監視される」などだ。

また、米食品医薬品局(FDA)は、子孫に受け継がれる遺伝子の意図的改変を伴うような、受精卵を使った研究を禁じている。
この規制が緩和されない限り、受精卵にゲノム編集を施して病気の予防・治療をする臨床試験は米国では認められない。

生殖にかかわる細胞に対するゲノム編集の臨床応用に、日本はどう向き合っているのだろうか。

政府の総合科学技術・イノベーション会議の生命倫理専門調査会で15年以来、ゲノム編集の海外動向や国内の関連研究者の取り組みを聞き、指針づくりなどを議論してきた。
16年4月に出した「ヒト受精胚へのゲノム編集技術を用いる研究について(中間まとめ)」では、受精卵などへのゲノム編集は基礎研究に限って認め、研究目的として「胚の初期発生や発育(分化)における遺伝子の機能解明」などを列挙した。
一方で、ゲノム編集を施した胚を「胎内に移植することは容認できない」として臨床応用はすべきでないとの方針を明確にした。

基礎研究への利用をどのように進めるかの指針づくりは、日本産科婦人科学会、日本生殖医学会、日本遺伝子細胞治療学会、日本人類遺伝学会の関係4学会で構成する合同委員会に委ねた。

米科学アカデミーの専門委員会には、英国や中国の専門家は入っているのに、体外受精の実施件数が世界一の日本が入っていなかった。
米欧に比べて日本では一般の人々を巻き込んだ議論の場も少なく、「見えないところで危険な技術の利用が話し合われている」という、実際とは異なる印象が広がる懸念も出ている。

もちろん、米科学アカデミーの報告書も決して完璧ではない。
一部の病気関連の遺伝子が体の別の機能とかかわっていた場合、どこで線引きをするのか、解は得られていない。

もっと根本的な問題もある。
ゲノム編集で特定の遺伝子操作を加えた子ばかり増えた場合、人類の存続に不可欠とされてきた遺伝子の多様性が損なわれる心配はないか、との指摘が出ているのだ。
いずれも、今後、検討を続けなければならない。

遺伝性疾患をもつ子どもが生まれる可能性については、受精卵の遺伝子をあらかじめ調べる「着床前診断」でかなりわかるようになってきた。
治すのではなく、その時点で胎内に戻すのをやめる方法もありうる。

遺伝子を操作するか、受精卵そのものを捨ててしまうか。
究極の選択を迫られたときに、人々は何を基準にどう決断を下したらよいのか。
難しい問題だ。
だからこそ「専門家以外の多くの人たちを巻き込んだ議論が大切だ」と報告書は繰り返し強調する。

多くの課題を残しながらも、米科学アカデミーが、次々に新しい論文が出るゲノム編集研究のスピードに合わせて喫緊の問題を検討し、現時点でベストと考えられる方向性を報告書にまとめた意味は大きい。

技術やニーズ、世論の実態に合わせてルールづくりのあり方などは柔軟に見直せばよい。

日本の政府や学界も現実に即した検討過程を参考にするとともに、積極的に海外の議論にも加わり、先端的な技術を上手に活用できる環境を整えるべきだろう。


by mnnoblog | 2017-03-02 08:46 | テクノロジー

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