私のゆるゆる生活

mnnoblog.exblog.jp
ブログトップ

2017年 09月 01日 ( 1 )

伊能忠敬

d0187477_07185110.jpg
  (日経新聞”春秋”の記事より)

江戸時代に全国を測量し日本地図を作り上げた伊能忠敬の墓は、東京・上野の源空寺にある。
隣に眠るのは19歳年下の暦学の師匠、高橋至時(よしとき)だ。

忠敬は遺言で、若くして病に倒れた師の横に自らを葬るよう求めた。
享年73歳。超高齢化の今、生き方に学ぶところは多い。

酒造や米取引をなりわいとする下総国佐原村(現・千葉県香取市)の伊能家に忠敬が養子に入ったのは17歳の時。
家業をもり立てる一方、村名主として飢饉(ききん)の対応に当たった。

この間もひとりで天文学や数学を学び、隠居後、50歳で高橋に入門している。
幕府の許可を得て、北海道の測量に着手した時は55歳になっていた。

最後の遠征となった九州では持病を押し、ほとんど歯のない状態のなか、古希に近い体にむち打ち現場で指揮をとっている。
途中、片腕と頼む副隊長が40代で病死し、忠敬は「鳥が翼をもがれた」と嘆いた。

実はこれに先立ち、家督を継いだ長男の景敬も世を去っている。
家族は遠方の忠敬にあえて知らせなかったようだ。

まさに「一身で二生を経た」と言うにふさわしい。
持ち前の向学心と根気で歴史を切り開いたのだが、逆縁や逆境に耐え抜いた姿にも敬服する。

人生1世紀の時代は近そうだ。
長く働くにしろ、学び直すにしろ、思いもかけぬ悲嘆や苦難が待ち受けるかもしれない。
乗り越える勇気と知恵を忠敬の生涯から学んでおきたい。

by mnnoblog | 2017-09-01 08:18 | 歴史

のほほんと---


by mnnoblog