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2017年 09月 05日 ( 1 )

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  (DIAMOND online の画像と記事より)

定年退職日はある時点でいきなりやってくる。
その日を境に、長年取り組んできた仕事も、会社での人間関係も、スケジュールもすべて一度に失われる。
一方で、本人自身はいきなり変わることはできないので、そのギャップの大きさに戸惑うのである。

毎朝7時に起床して、8時の電車に乗って出社して、残業をこなしてちょっと一杯飲んで家に戻ると夜10時過ぎ。
そういう生活を40年近く続けてきた後に、いきなり朝からまったく自由で、何もやることがない生活に移行する。

そのギャップは、当初大きな解放感になって現れる。
ほとんどの人が会社生活から解き放たれた喜びを語る。
そして解放感が徐々に収まるとともに現実に引き戻される。

多くの自由な時間を楽しく過ごすことができれば良いが、何をしていいのか、何に取り組んでいいのか分からなくなる人も少なくない。

この定年前後のギャップを埋めるには、定年前の働き方を修正するか、定年後の生活を変えていくかのどちらかの対応になろう。

1990年代後半以降、従来の日本的雇用慣行は変化しているにもかかわらず、個人側からの自律的なキャリア形成はそれほど進んでいない。
会社本位スタイルとも呼ぶべき、会社勤め中心の働き方が依然として強く存在している。

会社本位のライフスタイルのまま退職すると、どうしても生活実感を持ち得なくなって、定年後の自分の着地場所が分からなくなる。
また新たに見つけるのにも時間がかかる。

定年退職すると使わなくなるものは結構ある。
背広、ネクタイ、カッターシャツ、定期券や身分証明書もそうだ。
しかし一番大きいものは名刺だろう。

名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。
名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。
そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺を携帯させて、自社の社員であることの意識づけをしている。

社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので疑問も抱かない。
同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが昇進や昇格と結び付いてきた面もある。

また単に個人の受け止め方の問題だけでなく、日本社会自体が名刺や所属や肩書を重視する組織中心の社会でもある。
そして定年後は名刺や肩書はなくなり、組織から完全に離れるのである。

定年後にイキイキと生活するポイントは、自らの主体的な姿勢や行動力なのであるが、そのため新たな人間関係を築くまでに時間を要する。
関係ができずに立ち往生してしまっている人もいるのである。

しかし定年後の問題の本質が、定年前後のギャップだとすれば、当然ながら女性も対象になる。
特に男女雇用均等法以降を考えれば会社本位スタイルの女性も増えていて同様な課題に直面するのである。

こうして考えてくると、定年後の自らの姿から逆算して、現在の働き方を見直すという対応策もありうる。

その方向性は、仕事に注力する自分、仕事以外の関心あることに取り組む自分、家族や友人を大切にする自分など、多様な自分を自らの中に同時に抱え込んでおくことになろう。

そして、そのようなマインドセットの切り替えは、50歳ぐらいからスタートするのが望ましいと考えられるのだ。

by mnnoblog | 2017-09-05 08:42 | 生活

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