私のゆるゆる生活

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カテゴリ:生活( 65 )

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  (現代ビジネスの画像と記事より)

NHK朝の連続テレビ小説の『ひよっこ』がいい。

これまでの連続テレビ小説とは少し違う。


大雑把にいえば、これまでの連続テレビ小説は〝積み上げていくドラマ〟であったのに、今回の『ひよっこ』は〝失われたドラマ〟なのだ。

でも、哀しくはない。
喪失の哀しみは描かれていない。
後半にかけて回復のドラマとなるかとおもうが、とにかくつねに喜びの物語になっている。

連続テレビ小説では、元気な女性の半生が描かれることが多い。
主人公は最初、子供だったりする。
1週目だけ子役が演じ、6話ぐらいにになって学生時代のヒロインが登場する、というのがよくあるパターンだった。

ヒロインは迷いながらもやりたいことを見つけ、夢を抱き、目標に向かってがんばる。
おしんは、見事に成り上がりました(1983年)。
元気に前向きな彼女たちを見てみんなで元気になろう、というのが日本の了解事項だったようだ。

成功者の物語が続くなか、『ひよっこ』はあきらかに異質である。
物語は、夢など抱いていないふつうの女の子を描いている。
夢や希望を追うばかりが日本人の人生ではないだろう、と静かに強く訴えているようにおもえる。

舞台も大正から昭和、戦争、戦後などと慌ただしく進んだりしない。
物語は昭和39年(1964)の9月から始まり、9週目で昭和40年暮である。
急がずに進んでいる。

1960年代の日本がゆっくりと広がっていく。
いまから見ると、ちょうどこのあたりが現代日本の原風景に見える。
その風景が細かく、心地いい。
1960年代を再現した風景に心打たれる。

このドラマに惹かれるのは、しかし、そこではない。
主人公みね子の佇まいに引き寄せられる。

何かを掴もうとしているわけではない。

ふつうに生き、なるべくいろんなものを取り落とさないようにしている。

しかしいくつか取り落として進む人生を、それでもしっかりと生きて行く。

いまを受け入れ、落ち込まず、きちんと生きていく姿。

そこに圧倒的に惹きつけられる。


『ひよっこ』の主人公は、茨城県でも鄙深い田舎の高校生である。

大きな夢を抱くわけでもなく、とびぬけて元気なわけでもない。

ただ、やさしい。


彼女は自分といまを受け入れている。

底から強い。


このドラマは、生き生きとしたリアルな善きエピソードをたくさん集めて、それを重ねて作り上げている。

1960年ニッポンのファンタジードラマ。


哀しいドラマではない。

せつなくなることはしばしばあるが、基本は陽気である。

1960年代の空気を反映したコメディタッチが底に流れている。


主人公みね子は、高校のときから働ぐの好きだと言って、いつも身体を動かしていた。

彼女を囲む人たちもみんなそうである。

こういう人たちがいれば日本は大丈夫だとおもわせる、きちんとした生活人である。


そういう人たちの姿を丁寧に描いていて、それだけなのだけれど、だから世界がとても力強く見える。


彼女は疾走しない。

強く上昇しようとしない。

自分探しなどしない。

やることをしっかりやって、歩いている。

ときどき何かが失われるが、それでも歩みを止めない。

たしかに、人生はそういうものである。

成功するばかりが人生ではないし、夢を抱えている人だけが日本人ではない。


若者に夢を持てと励ますのは、大人のわがままであり、無茶振りであり、ある意味、脅迫ではないのか、と私はおもっているのだが、このドラマも同じようなメッセージを含んでいるように感じる。

大事なのは夢を持つことなんかではなく、しっかり生きることではないのか。


人にやさしくして、きちんと生きようという世界を毎日見ていると、かなり幸せな気分になれる。


『ひよっこ』は毎日みましょう。朝と昼とにやってます。

堀井 憲一郎:1958年生まれ。京都市出身。コラムニスト。
著書に『若者殺しの時代』『落語論』『落語の国からのぞいてみれば』『江戸の気分』『いつだって大変な時代』(以上、講談社現代新書)、『かつて誰も調べなかった100の謎』(文藝春秋)、『東京ディズニーリゾート便利帖』(新潮社)、『ねじれの国、日本』 (新潮新書)、『いますぐ書け、の文章法』(ちくま新書)などがある。

by mnnoblog | 2017-09-14 08:03 | 生活
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  (現代ビジネスの画像と記事より)

「会社を辞めます。働くのが嫌になったので、しばらく何もせずふらふらします」

と上司に伝えたのは28歳のときだった。


そもそも就職した瞬間から辞めたかった。

小さい頃からずっと働きたいという気持ちがほとんどなくて、毎日ごろごろとマンガでも読んで寝て暮らしたいと思っていた。

就職したのは純粋に生活費のためだった。


毎日「突然隕石が落ちてきて会社が潰れたらいいのに」と考えながら生きるのにはもう飽きた。


しばらくは何もせず、ひたすらだらだらと寝て暮らすという理想の生活を送ろう。

上司や会社の人たちからは、

「もっと深く考えたほうがいい」

「この先の人生どうやって生きていくつもりだ」

などと引き止められた。


「人生をドブに捨てるつもりか」

「絶対に後悔するぞ」

などと脅してきた知人もいた。


そもそもこの会社にずっといてどうなるというんだ。

僕があまり仕事ができず職場にもあまり適応していなかったのはみんな知ってるはずだろう。

なのになんで引き止めるんだ。


勤め先が悪い会社というわけではなかった。むしろいいほうだろう。

給料はあんまり高くないけれど、仕事はそんなに忙しくなく、将来的にも倒産しそうにない会社だった。

でもそんなぬるい会社でも勤められないということは、多分自分には社会人は無理だったのだ。


僕は京都大学を卒業したという世間から見ると輝かしい経歴を持っているのだけど、それは単に受験勉強ができたというだけだ。

一人でコツコツ勉強をするスキルと、社会性や仕事能力やコミュニケーション能力は全く違う。

いい大学を出れば将来安泰とか言ってたのは誰だ。

結局いい大学を出ても社会に適応できないダメな人間はダメなままなのだ。


これ以上この職場にいても自分も苦しいし周りにも迷惑がかかるだけだ。

じゃあできるだけ早く辞めるのがいいだろう。

そう思って誰の意見も聞かず、僕は職場を去った。


会社を辞めた僕が向かったのは東京だった。

東京に来たのは正解だった。

多分東京に来なければ、こんなにも長期間にわたってふらふらとした生活を続けられなかっただろう。


もっと田舎や地方に住んでいたら、なんとなく周りの雰囲気に流されて、また就職したり何かの拍子で結婚したりして、そしてその合わない暮らしでまた閉塞感を感じてストレスを溜めて、不幸になっていただろうと思う。


世間一般のルールに合わせられないマイノリティの人間はできるだけ大きな都会に住むべきだ。

なぜなら、都会には自分と同じような性質を持つ仲間がたくさんいるからだ。

田舎のマイノリティは孤立するしかないけれど都会のマイノリティは仲間を作れる。これが大きな違いだ。


僕が上京した当時はちょうどツイッターが流行し始めた頃で、ネットを通じて知らない人に会うことがそれまでに比べてすごく簡単になっていた。

重度のネット中毒だった僕は、ツイッターやブログに毎日のように大量の投稿をし、それを通じてネット上の知り合いを増やし、ネットのいろんな人に会ったりネット関係のイベントに顔を出したりするという生活を続けた。


ネットには自分と同じような、ネット中毒の人間や働きたくない人間が無数にいた。自分と話が合う人間がたくさんいるということがとても嬉しかった。


そんな感じでふらふら遊びながら暮らしていると、働いているときに貯めた貯金もだんだんと底をついてきた。

だけど普通に働くのはもう絶対に嫌だったので、自分みたいな怠惰な人間でもできるような、小銭稼ぎの手段を探した。


治験、アフィリエイト、本やCDのせどり、スマホの転売など、いろいろやった。

そのへんの胡散臭い小銭稼ぎをいくつかやっていれば、あまり贅沢はできないけれどなんとか生活をやっていくことはできた。


あとは、ネットで自分の生活状況を詳しく公開していたせいか、いろんな知らない人が物やお金を送ってくれた。

パソコン、自転車、原付、本、食料品などさまざまなものをタダでもらった。

多分みんな、ネットの変な人に物を送りつけるのを楽しんでいたのだと思う。


そんな生活をしていると、たまに何かの間違いで会った真っ当ぽい人に、

「せっかく京大を出ているのにもったいない。いい服を着ていい車に乗っていい女を抱きたいというような、人並みの欲望は本当にないのか?」

などと言われることもあった。


そんな風に言われても、何を言っているのか全然ピンとこなかった。

服には興味がないし車は嫌いだし、女性は嫌いじゃないけれど、それは別にお金があれば仲良くなれるというものでもない気がする。

モテるかどうかって、もっと気遣いとかそういうところの問題じゃないだろうか。


そもそも、お金が欲しいと思うことが僕には昔からあまりなかった。

むしろお金より時間のほうが大切だった。


毎日通勤してフルタイムで働いてストレスを溜めながらそれなりのお金をもらうよりも、お金がなくても毎日好きな時間に起きてごろごろしながら本を読んだりネットを見たりしているほうがいい。

そちらのほうが自分にとっては幸せだということに僕はあるときに気づいた。

だから会社を辞めたのだ。


何が幸せかというのは人によって違うものだけど、世間や他人は自分の基準を無理矢理に押し付けてくるところがある。

全く余計なお世話だ。

僕はそういう意見を全く耳に入れないことにしていた。


「無職だと不安にならない? 自分が何者でもないような状態って心細くない?」

みたいなことを言われることもあったけど、これも意味がよくわからなかった。


むしろ僕は働いているときのほうが不安だった。

会社の仕事なんていう自分の本質と何の関係もないものに1日の大半の時間を使っている状態のほうが、自分が何者なのか分からなくなって苦しい感じがあった。

自分はこんな人間じゃないんだ、こんなことをしたいんじゃないんだ、とずっと1日中思っていた。


それに比べると無職の状態は、全ての時間を自分の好きなように使えるから、これこそが自分だ、自分の人生だ、と思えた。


無職になったくらいで自分が何者でもないような気がする人は、自分が何が好きでどういう人間かということを、今まであまり考えてこなかったのではないだろうか。


その頃の僕は、東京都内のいろんなシェアハウスを1ヵ月〜数ヵ月ごとに転々としていた。

無職でもシェアハウスは入居しやすかったからだ。


普通の家を借りるのには、敷金・礼金・仲介手数料・家具や家電を買うお金など、すごくたくさんのお金がかかる。

あと、保証人をつける必要があったり、勤務先などで審査されたりもする。

無職には到底無理な話だ。


そんな風に転々としたシェアハウス暮らしを続けているうちに自分にはやりたいことが一つできた。

それは「自分で自分好みのシェアハウスを作る」ということだ。


ネットで僕がよく会うような、自分と趣味や好みが似ている人、お酒を飲んでワイワイ騒ぐよりももくもくと本を読んでいるほうが好きな人、普通に会社で働くのが苦手な人、パソコンやゲームや本や音楽が好きな人、そういう人が集まるシェアハウスがあったらいいのに。


僕のイメージとしては、大学時代に住んでいた寮があった。

その寮はとにかく汚くてボロくて、学校に行かないダメな学生がたくさんいて、みんな一日中ゲームをしたりマンガを読んだりしていた。

あの頃は楽しかったなあ。

またあんな場所を作れないだろうか。


そんな願望をブログに書いたら、

「家が1軒空いてるけど借りない? 3LDKの分譲マンションなんだけど」

と、ネットの知り合いから連絡が来た。

おお、本当か。渡りに船だ。僕は二つ返事で了承した。


そうして、現在では全国に数十軒あるギークハウスの最初の1つ「ギークハウス南町田」が東京都町田市に誕生したのだった。


29歳のときに最初のシェアハウスを作ったときには、ちゃんと人が集まるか不安だった。

誰も人が住まなくて自分1人でも、半年くらいは頑張ってみよう、と思っていた。

だけどその心配は杞憂で、ブログに入居者募集の記事をあげるとすぐに応募者がたくさん来て、部屋はすぐに埋まった。


シェアハウスといえば、容姿の良い若い男女がお洒落なパーティーをしたり未来について語り合ったりするみたいなキラキラしたイメージがあったりするかもしれないけれど、僕が作りたいシェアハウスはそれと真逆なものだった。


もっと地味で内向的な人間がもくもくと何かをやっているのがいい。

おしゃれなパーティーなんかに反感を持っている奴を集めたい。

みんな本を読んだりゲームをしたりそれぞれが好きなことを勝手にしているようなのが理想的だ。


そんなコンセプトに共感する人が意外と多かったのか、シェアハウスを始めるとすぐにいろんな人が集まってくるようになった。

シェアハウスのよいところは、個人の家よりも人が気軽に遊びに来やすいというところだ。


うちに集まるのは基本的にネットの人間ばかりなので、みんなツイッターのハンドルネームで呼び合う。


人が集まっても大体の場合あまり会話はせず、それぞれが自分のノートパソコンを広げて画面に向かっている。

誰も他人に向かってほとんど気を遣わない。

みんな勝手に玄関から入ってきてそのへんに座り込んで、ネットを見たりブログを書いたりプログラミングをしたりと好きなことをしている。


でもこういう空間を自分は作りたかったのだ。

自分が自分のために作った自分好みの空間はとても居心地がよかった。


僕が無職だったせいか、シェアハウスに集まるのも同じようなふらふらしている人間が多かった。

無職やニートやひきこもり。フリーランスのプログラマーやライター。ウェブでマイナーな漫画を発表している漫画家。

会社員だけど出社が苦手であまり出社しない奴。


いろんな人間がいたけれど、何らかの能力を持ちつつも学校や会社や家族にうまく適応できないというところがみんな共通していた。


そうした全部の人間をスムーズに受け入れられたわけではなかった。

たまたま気が合って長く付き合う仲間になった奴もいるけれど、基本的にはみんなクズばかりなので、

「こいつ本当にクソだな、もう付き合いきれん」

とか思って放り出した奴も多かった。


「弱い者たちがお互い助け合って生きていく」なんていうフレーズがあるけれどあれは嘘だ。

大体の場合は「助け合い」にはならず、助ける側の人間はずっと助ける側で、助けられる側の人間はずっと助けられる側だ。


だけど、それでまあいいのだと思う。

助ける側がそれで損ばかりしているのかというとそうでもない。

助ける側は助けることによって精神の安定を得たりとか、暇潰しになったりとか、何か得るものがあるから趣味で助けているのだ。


こんな非生産的で時間が止まったようなシェアハウス暮らしを続けて今年で10年目になる。

もう10年も経ったのか、と考えると少し気が遠くなる。

一体いつまでこんな生活を続けられるだろうか。


僕はもうシェアハウス以外でどうやって人と仲良くなればいいのかが分からなくなってしまった。

この先ずっとこんな風に、よく分からないシェアハウスに変な人間を集め続けるという生き方を続けるのだろうか。

死ぬまでずっと? できるかなあ。どうなんだろう。


pha(ふぁ)作家。1978年生まれ。小さい頃から労働意欲に欠け、京都大学を卒業して適当な会社に入社するも3年で辞め、以降ふらふらと定職に就かずにシェアハウスで暮らしている。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『ひきこもらない』などがある。


by mnnoblog | 2017-09-06 08:25 | 生活
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  (DIAMOND online の画像と記事より)

定年退職日はある時点でいきなりやってくる。
その日を境に、長年取り組んできた仕事も、会社での人間関係も、スケジュールもすべて一度に失われる。
一方で、本人自身はいきなり変わることはできないので、そのギャップの大きさに戸惑うのである。

毎朝7時に起床して、8時の電車に乗って出社して、残業をこなしてちょっと一杯飲んで家に戻ると夜10時過ぎ。
そういう生活を40年近く続けてきた後に、いきなり朝からまったく自由で、何もやることがない生活に移行する。

そのギャップは、当初大きな解放感になって現れる。
ほとんどの人が会社生活から解き放たれた喜びを語る。
そして解放感が徐々に収まるとともに現実に引き戻される。

多くの自由な時間を楽しく過ごすことができれば良いが、何をしていいのか、何に取り組んでいいのか分からなくなる人も少なくない。

この定年前後のギャップを埋めるには、定年前の働き方を修正するか、定年後の生活を変えていくかのどちらかの対応になろう。

1990年代後半以降、従来の日本的雇用慣行は変化しているにもかかわらず、個人側からの自律的なキャリア形成はそれほど進んでいない。
会社本位スタイルとも呼ぶべき、会社勤め中心の働き方が依然として強く存在している。

会社本位のライフスタイルのまま退職すると、どうしても生活実感を持ち得なくなって、定年後の自分の着地場所が分からなくなる。
また新たに見つけるのにも時間がかかる。

定年退職すると使わなくなるものは結構ある。
背広、ネクタイ、カッターシャツ、定期券や身分証明書もそうだ。
しかし一番大きいものは名刺だろう。

名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。
名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。
そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺を携帯させて、自社の社員であることの意識づけをしている。

社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので疑問も抱かない。
同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが昇進や昇格と結び付いてきた面もある。

また単に個人の受け止め方の問題だけでなく、日本社会自体が名刺や所属や肩書を重視する組織中心の社会でもある。
そして定年後は名刺や肩書はなくなり、組織から完全に離れるのである。

定年後にイキイキと生活するポイントは、自らの主体的な姿勢や行動力なのであるが、そのため新たな人間関係を築くまでに時間を要する。
関係ができずに立ち往生してしまっている人もいるのである。

しかし定年後の問題の本質が、定年前後のギャップだとすれば、当然ながら女性も対象になる。
特に男女雇用均等法以降を考えれば会社本位スタイルの女性も増えていて同様な課題に直面するのである。

こうして考えてくると、定年後の自らの姿から逆算して、現在の働き方を見直すという対応策もありうる。

その方向性は、仕事に注力する自分、仕事以外の関心あることに取り組む自分、家族や友人を大切にする自分など、多様な自分を自らの中に同時に抱え込んでおくことになろう。

そして、そのようなマインドセットの切り替えは、50歳ぐらいからスタートするのが望ましいと考えられるのだ。

by mnnoblog | 2017-09-05 08:42 | 生活
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  (日経新聞の画像と記事より)

内閣府は26日、2017年度の「国民生活に関する世論調査」を公表した。

現在の所得や収入に「満足している」「まあ満足している」と答えた人は計51.3%で前年より3.2ポイント増えた。
「不満だ」「やや不満だ」は2.7ポイント減の46.9%。

21年ぶりに“満足派”が“不満派”を上回った。

資産や貯蓄では「満足」「まあ満足」が計44.4%(前年比2.4ポイント増)。
「不満」「やや不満」は計52.4%(同2.2ポイント減)だった。

働き方改革の推進を踏まえ「自由時間が増えた場合にしたいこと」を初めて尋ねた。
「旅行」が最多の47.0%(複数回答)で世代別でも各年代の1位だった。
「趣味・娯楽」が34.8%で続いた。

「現在の生活にどの程度満足しているか」の質問では「満足」が73.9%(前年比3.8ポイント増)だった。
生活が「向上している」は6.6%(同1.1ポイント増)、「低下している」は14.7%(同2.8ポイント減)だった。

政府への要望を複数回答で聞くと「医療・年金など社会保障の整備」が最多の65.1%(同0.7ポイント増)。
「防衛・安全保障」は36.2%(4.3ポイント増)で、比較可能な01年以降で最も高かった。
北朝鮮問題など日本の安全保障環境の厳しさを反映した。

調査は6月15日~7月2日に全国の18歳以上の男女1万人に面接して実施。
6319人の回答を得た。

by mnnoblog | 2017-09-02 08:52 | 生活
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  (JBpress の画像と記事より)

1793年、清の乾隆帝は英国から貿易促進のために派遣されたジョージ・マカートニー伯爵に対して、中国は“地大物博”(領土が広く物が豊富)であるから、外国と交易する必要はないと言い放ったそうだ。

そんな中国だが、モータリゼーションが進展する中で国内生産だけでは石油が足りなくなった。
現在、約3億トン輸入している。
ちなみに、日本の輸入量は約2億トン。

石油の輸入は中国の対外戦略に大きな影響を及ぼしている。
中東から中国までの輸送路を確保したい。
南シナ海の領有を宣言したりインド洋に進出したりする背景には、石油を安全に運びたいとの思惑がある。
ミャンマーやパキスタンに多額の援助を行って同盟国化しようとしていることも同様の理由である。

そんな中国にとって、石油と同様に海外から大量に輸入するものが現れた。
大豆である。

現在、中国の大豆輸入量は6000万トンを上回り、世界で交易される大豆の6割にもなっている。
日本の輸入量は約300万トン、中国の輸入量は食料輸入大国と言われる我が国の20倍にもなっている。

大豆を絞って大豆油を得るが、その搾りかすである大豆ケークと呼ばれる粉末は家畜のよい飼料になる。
大豆は36%ものタンパク質を含む。トウモロコシのたんぱく質含有量は9%程度だから、家畜へのタンパク質供給を考えた時、大豆6000万トンの輸入はトウモロコシ2億4000万トンの輸入に相当する。
中国はまさに大量の家畜飼料を輸入している。

中国人は豚肉を好む。
中国で肉と言ったら豚肉を指すが、現在、中国人が食べている豚肉は大豆ケークを使って生産されている。

中国は国内で大豆を生産しており、1980年代には170万トンもの大豆を輸出したことがあった。
しかし、21世紀に入って自給率は急速に低下しており、2013年は16%に過ぎない。

中国は大豆を主にブラジル、米国、アルゼンチンから輸入している。
2013年の輸入量はブラジルからが3180万トン、米国が2220万トン、アルゼンチンが600万トンである。
それは太平洋を超えて渡って来る。

食料が輸入できなる事態は、大きく分けて2つ考えられる。
1つは生産量の減少。食料が足りなくなればどの国も自国の需要を優先するから、米国やブラジルが中国に大豆を売らなくなる事態も想定される。

しかし、それは杞憂と言えよう。
大豆を栽培する畑ではトウモロコシを栽培することができる。

農民はより多くの収入が得られる作物を栽培する。
現在、米国は1億トン以上のトウモロコシをバイオエタノールの生産のために使用している。
それはトウモロコシや大豆の過剰生産を解消するためである。
世界では食料の過剰生産状態が続いている。
そのために、食料不足が禁輸につながる事態は考え難い。

食料輸入の途絶を心配しなければならないのは政治的な理由である。
戦争になれば、敵対国に食料を売る馬鹿はいない。
また戦争に至らないまでも、その前段階において敵対する国に食料を売らないことをちらつかせて、譲歩を迫ることができる。
昨今話題の北朝鮮に対する石油の禁輸がその例である。

このようなことを考えると、中国の対外戦略は混乱していると言わざるを得ない。
石油の輸入、つまりエネルギー安全保障を念頭に置いて南シナ海やインド洋に進出したのだが、そのことをもっとも面白く思っていないのが米国だからである。

中国は対立を深め始めた米国から大量の大豆を輸入している。
ブラジルやアルゼンチンからも輸入しているが、それは米国が制海権を有する太平洋を超えて運ばれて来る。
南シナ海の制海権だけでは不十分である。
中国は食料安全保障を完全に米国に握られてしまった。

米国が本気になって怒れば、中国人は豚肉を食べることができなくなる。
それは、一度ぜいたくを覚えた中国人にとって大変な苦痛になろう。
もし、そんなことになれば政権への怨嗟の声が国中に満ち溢れることになる。

中国が南シナ海やインド洋で米国との対立を辞さない行動に出るつもりなら、食生活の根本に関わる豚肉の飼料を米国やブラジルに依存するべきではなかった。
飼料を完全に自給できる体制を整えてから、米国に喧嘩を売るべきであった。

エネルギーの安全保障を名目に南シナ海やインド洋に進出することによって、食料安全保障を危険にさらしている。
マクロな視点から見れば、中国の対外戦略はただの思いつきの連続と言ってよく、そこに整合性を見ることはできない。
“場当たり的“と評されてもしかたがないものである。

by mnnoblog | 2017-08-28 08:52 | 生活
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  (JBpress の画像と記事より)

人間はいくつかの根源的な欲求を抱いているが、そのうちの1つに「世のため人のために役に立ちたい」という欲求がある。
これを貢献欲求と呼んでいる。

人はこの貢献欲求を満たすことで、自分の存在意義を感じるという性質を持っている。
貢献欲求は仕事を通じて満たすことができるが、仕事一筋の人生を送ってきた人は定年退職後、貢献欲求が満たされずに苦しむケースが多い。

これといった用事もない日々を過ごしていると、何らかの形で世間から必要とされたい、自分の力を発揮できる場がほしい、という思いを抱くようになる。
これは切実な思いである。

この貢献欲求を満たしたいという精神的な理由から、定年退職後もセカンドキャリアとしての仕事を得られるように50代から準備を始める人も少なくない。
ただ、セカンドキャリアを得るのは精神的な理由のみならず、経済的な理由からも必要になる可能性は高い。

今、日本人の平均寿命は男性が80歳、女性が88歳。

例えば、定年延長せずに60歳で定年退職し、85歳まで生きたとすると、退職後に25年間生きるだけの資金が必要になる。

定年退職時の貯蓄と年金の額にもよるが、働かずに悠々自適の老後を送るということは決して簡単なことではない。

そのため、定年退職後もセカンドキャリアを得て、ある程度の収入を得る必要性が生じることも十分にあり得る。

社会人材学舎グループの小澤松彦氏は、セカンドキャリアとしての仕事を得て活躍できる人と、いつまで経っても仕事が得られない人との間には明確な違いがあるという。
それは、「過去の成功体験を捨ててリスタートする覚悟」を持てるかどうかである。

特に大手企業のサラリーマンはこの覚悟を持つことが難しいことから、小澤氏は意識改革に力を入れている。

セカンドキャリアを得て現場で活躍するためには、「元大手」という意識を捨てて謙虚になり、ゼロから何でもやりますという覚悟を持つことが重要であり、実際にこういった人は比較的にスムーズにセカンドキャリアとしての働き口を見つけているという。

また、短時間で自分の価値を表現することはセカンドキャリアを得るうえで当然求められることであるが、これができない大手のサラリーマンが多いという。

業績を上げる具体手法、製品やサービスに進歩をもたらす技術、組織を活性化する手法、人材を育成するスキルなどを簡潔に語れることが求められる。

どのような企業に就職したとしても具体的な形で成果をもたらすことができる力と実績を、初対面の人に対して短時間で伝えることができるように、日頃の仕事の取り組み方を見直すとともに、その内容を言葉にまとめておく必要がある。

「大事なのは自分がどういった仕事にやりがいを感じるのかを明確にすることです。
それを自覚することなく別の仕事についても、また『世のため人のためになる仕事をしたい』と愚痴をこぼすことになります」

一昔前は定年退職してから亡くなるまでの期間が短かった。
しかし、年々平均寿命が伸びていったことにより、今の時代は定年退職してから数十年という期間を生きることになる。

その期間を精神的にも経済的にも充実した期間とするためには、定年退職前の時期から十分な準備が必要となる。
その準備期間として50代という期間は極めて重要な期間である。

by mnnoblog | 2017-08-24 08:28 | 生活
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  (THE WALL STREET JOURNAL の画像と記事より)

子どもたちのために――。
最新研究によると、これが単純な機械的作業を繰り返す仕事で従業員のやる気を維持する答えであることが分かった。

自分の仕事が家族を養う一助になっていると感じている従業員は、より生産的で仕事に対する意欲も強い。
たとえ自分自身が仕事から得られるものが少ない場合でも、そうした傾向がみられたという。

この論文の共同執筆者で、米ペンシルベニア大学ウォートン経営大学院教授のアダム・グラント氏(組織心理学)は、「家族を養うというのは人が働く根本的な理由の1つだが、このモチベーションが仕事の取り組み方や仕事ぶりにどう影響するかという研究は、ほとんど行われて来なかった」と指摘する。

グラント教授と共同執筆者たちのチームは、機械的な会計作業に従事する女性約100人から調査データを収集した。
小売店用クーポンの決済処理をする事務所の仕事だ。

従業員は米国の小売業者から送られてきたクーポンに印刷されているバーコードをスキャンし、メーカーや小売店が商品の数を正確に数えて分類しているかを確認する。
この仕事は、毎日手作業で何百枚ものクーポンを処理する作業を含むため、変化に乏しい。

研究チームは、女性たちに仕事に対するモチベーションについて尋ねたほか、それぞれが何枚のクーポンを処理したかを追跡した。
女性たちはまた、ストレスややる気に関する2週間の調査に回答した。

この調査の結果、仕事自体は嫌いであるにもかかわらず、非常にやる気があると答え、クーポン枚数を最も多く処理した人は、家族(配偶者、子ども、親、いとこ、またはその他の親族)に深い関与意識を抱いている人だったことが分かった。

こういった人たちが1週間に処理したクーポンの数は、家族に起因するモチベーションをあまり持たないと答えた人たちの処理数を10%ほど上回った。

グラント教授は、「仕事中に家族について考えることは妨げになるだけだと誤って信じている人が多い。
だが、明確になりつつあるのは、仕事のやる気の大半が、最愛の人たちを養いたいという欲求から来ているケースが多いという事実だ」と語った。

by mnnoblog | 2017-08-19 08:50 | 生活
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  (DIAMOND online の画像と記事より)

昨年3月、私は15年間勤務していた東大病院を任期満了退官しました。

所属していた組織を離れ、心の同志はいますが、物理的には「ひとり」で住んでいます。

そんな、ひとりという状況で浮かぶのが、「孤独」という言葉です。


一般的には、孤独にはネガティブなイメージで語られる面があります。

その筆頭が「寂しい」イメージですが、「ひとりは寂しい」という一方的な感情を、私たちは幼い頃から他人に刷り込まれてしまってはいないでしょうか。


私は現在、何よりも自由という喜びを感じています。

その自由には、責任の所在も含まれています。


いいことも悪いことも自分の責任である、ということが心地いいのです。

これは「自立」と言い換えることもできるかもしれません。


日々のすべてが自分の裁量というのは大きいことです。

時間の使い方にしても、お金の使いみち、食事の選択にしても、すべてが自分の裁量にまかせられているのはありがたいものです。


しかし、何といっても、ひとりの時間の思考には一切の遠慮がいりません。

すべてを自分本位に考え、素直に感じることができます。

自分にどこまでも正直になれます。


実は、意外にも組織にいたほうが、人は相対的にひとりを感じやすいものです。

組織に適合してしまえればそう感じることはないでしょうが、適合できない、合わない、と思う時に、人はひとりだと感じるものです。


ひとりとは、実は比べるものがあって初めて相対的に感じるものであり、はじめからひとりでいると自覚していれば、それは絶対的なものとなり、だからどうだと感じることはなくなるものです。


私自身、現在は物理的意味ではなく意識としてひとりだと思っています。

非常勤で大学に行くことはありますが、たとえ今、どこかの組織からお誘いが来たとしても、当面は考えていません。

組織というのは宗教と一緒で、そこに組織の論理が働きます。

そこで自分の意見を変えないといけないようなことがあっては困るからです。
とりあえず私は、どこにも属さず、ひとりである今に何の不自由も感じていません。


言うまでもありませんが、誰もがひとりで生まれ、ひとりで逝きます。

ですから、誰かが定義するしないにかかわらず、誰もが本来ひとりなのです。


いつも自分は大勢でいるから孤独ではない、と言う人がいますが、そういう人に限って自分が孤独である事実を見ないようにしています。


ひとりでいても、心が孤独でない人はひとりではありません。

逆を言えば、大勢といても決断を下す時はひとり、あるいはそこに寂しさを感じたら孤独です。

独居をしていても、ひとりという感覚がないという人もいるでしょう。


つまり、孤独とは、ひとり暮らし、家族がいない、友人がいない、といった状況を指すのではなく、寂しさを感じているといった心の在り様を指すわけです。

ここでは、物理的なひとりだけではなく、大勢の中にいても感じる孤独を含めた広い意味での心の在り様も示す言葉として、「ひとり」を使うことにします。


ひとりとは、「人間本来の自由な状態」と私は解釈しています。
もっと簡潔に、「あるがまま」「ありのまま」と言ったほうがいいでしょう。
本来のあるがまま、人としてのあるがまま。そして、最も自由な状態。
それが、「ひとり」なのです。


私は、今という時間を大切にしたいと思っています。

過去も将来も一体となった今を生きる、つまり古神道でいうところの「中今」です。


ひとりであるという自由な状態をありがたいものと受け止めて、あるがまま、ありのままに「ひとり」を楽しんでいる時こそ、「没我」に、そしてこの中今を生きることにつながるのです。


ひとりの時間のメリットには、次の3つがあります。

(1)惑わされない
(2)自由に考えられる
(3)自在に動ける


他人に惑わされない時間というのは、「自決する力」を高めます。

自決とは、他人ではなく自分で決める意思であり、その態度のことです。


この力が強ければ、たとえば集団内に身を置いていても、周囲に左右されることがありません。

逆にこの力が弱ければ、いつも周囲に左右されます。


自由に考えられる時間は、「想像する力」を高めます。
自在に動ける時間は「幅広い関心を持つ力」を高めます。


自決力、想像力、関心力。

この3つは、情報が錯綜する社会において、楽しんで生きるための必須能力です。

心の自由が得られる3つの能力なのです。


作家ウィリアム・シェイクスピアは、「私はひとりでいる時が一番忙しい」と公言しました。

古代ローマの政治家マルクス・トゥリウス・キケロも「人はひとりでいる時が最も精神的に多忙」と遺しています。

ひとりの時間は暇ではないのです。


ひとりでいるのなら時間はたっぷりあるだろう、と考える人もいるでしょう。

けれど、それはそもそも時間に対する観念の違いなのですから、たとえば、人のために一生懸命何かをすることが喜びです、という人と、自分のことしか考えない人に共有できる部分がないのと同じくらい根本的に理解してもらえないことだろうと私は思っています。


ひとりでいる時間は、学びの時間です。

情報を仕入れたり、考えたりして、終始学んでいる時間だといっても過言ではありません。


また、情報はいろいろな方法で仕入れています。

読書をして得ることもあれば、人と話すことで得られることもあります。

それである情報の筋道ができると、そこからまた新しい情報が入ってくることも多々あります。

つまり、ひとつを知れば、それでおしまいではなく、どんどん次が、その先が知りたくなってくるから忙しいのです。


ですから、ひとりの時間というものの感覚を、たとえば時間を大切にしない人に理解してもらおうというのはそもそも無理なことなのかもしれません。


矢作直樹(やはぎ・なおき)

1956年、神奈川県生まれ。81年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、内科、手術部などを経験。99年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年、東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長となり、15年にわたり東大病院の総合救急診療体制の確立に尽力する。16年3月に任期満了退官。


by mnnoblog | 2017-08-14 08:12 | 生活
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  (NEWSWEEKの画像と記事より)

"幸せはお金で買えないもの"といわれるが、果たしてそうであろうか。

時間とお金、そして日々の満足度の関係について、興味深い研究結果が明らかとなった。


米ハーバード大学のアシュレイ・ウィランズ准教授を中心とする研究プロジェクトは、学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』において、「時間をお金で買うと、いわゆる"時間飢餓"が緩和され、これによって日常の満足度が向上する」との研究結果を発表した。

この研究プロジェクトは、「現代社会では、収入が高い人ほど時間不足に陥り、これによって幸福感が損なわれ、不安が増大する」とし、これを"時間飢餓"と定義。

家事代行サービスを利用するなど、「時間をお金で買う」ことに収入の一部を充てると、"時間飢餓"による負の影響が軽減され、幸福度が上がるのではないかという仮説を立てた。

そこで、米国、カナダ、デンマーク、オランダで合わせて6,271名にアンケートを実施したところ、「時間をお金で買う」ことと生活の満足度に関連が認められた。

とりわけ、「時間をお金で買う」人は、時間のストレスが原因で日常生活の満足度が下がることは少なかったという。
この効果は富裕層に限らない。

研究プロジェクトのメンバーでブリティッシュコロンビア大学のエリザベス・ダン教授は「収入の多寡にかかわらず、同様の効果が認められた」と述べている

では、時間を買うことは、本当に幸福度の向上につながるのだろうか。
研究プロジェクトでは、この点をさらに掘り下げるべく、カナダ・バンクーバー在住の有職成人60名を対象に2週間にわたるフィールド実験を実施。
週末ごとに各被験者に40ドルを提供し、第一週目の週末は「時間をお金で買う」ことにその資金を使わせ、第二週目にはモノを買うよう指示したところ、モノを購入するよりも「時間をお金で買う」ほうが高い幸福感を示した。

研究プロジェクトは、この実験結果について「時間のストレスが軽減されることで被験者の感情にポジティブな影響がもたらされたのではないか」と考察している。

このように「時間をお金で買う」ことには相応の利点があるとみられるものの、実際、収入の一部をこれに充てている人はけっして多くない。

研究プロジェクトがオランダの富裕層818人に調査したところ、約半数が「家事代行など、「時間をお金で買う」ようなサービスをまったく利用していない」と回答。
また、有職成人98名に「40ドルの臨時収入があったら、どう使うか?」とたずねたところ、「時間をお金で買う」と答えたのはわずか2%であった。

"時は金なり"──時間もお金と同様に有限だ。
仕事、家事、子育てなどで時間に追われ、ストレスを感じる"時間飢餓"に陥っているならば、「時間をお金で買う」という選択肢も大いに検討の余地があるかもしれない。

by mnnoblog | 2017-08-09 08:57 | 生活
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  (日経新聞の画像と記事より)

国土交通省は、宅配用の荷物と旅客を同時に運べるようにするため規制を緩和する。

路線バスがこれまで以上に多くの荷物を運べるよう重量制限を撤廃する。
地域限定で、タクシーが荷物だけでも配送できるようにする。
運送・物流業で担い手不足の深刻さが増すなか「貨客混載」と代替輸送によってサービスの効率化を進め、人手不足に対応する。

国交省はこれまで旅客運送の安全を確保する観点からバスやタクシーは旅客、トラックは貨物の運送に特化させてきた経緯がある。
政府の規制改革推進会議が物流業の危機的な人手不足を背景に規制緩和を求め、ヤマト運輸も「地方の宅配ビジネスの可能性が広がる」と主張してきた。

国交省は9月、貨物自動車運送事業法と道路運送法に関連する新たな通達を出す。
バスやタクシー、トラックが旅客と貨物の運送を兼ねることができるようにするのが柱で、荷物を運ぶ場合の積載量などを示す。

今回の規制緩和で、旅客を乗せるバスでも法律の認可があれば、全国どこでも大型の荷物も運べるようになる。
今は法律上350キログラム未満の荷物しか配送できないが、この重量制限を撤廃する。
バスの中に、新たな積載スペースを設けて荷物を運ぶことが可能だ。

タクシーや貸し切りバスに関しても規制を緩和する。
これまで認めていない貨物の運送を過疎地に限って容認。
過去25年で人口が2割超減っていることなどを目安に実施地域を選ぶ。
過疎地の交通インフラ機能の劣化を防ぐ狙いがある。

タクシーが地方の中核都市で客をおろす。

その後、近くの民間事業者の物流拠点で荷物を積み込み、物流拠点や個人宅などに運ぶといった事業モデルが想定できる。


反対に、「赤帽」などトラック業者が旅客自動車運送事業の認可を得れば、過疎地で旅客を乗せることも可能になる。


発着地のどちらかが過疎地であればよく、走行距離に規制は設けない。

貸し切りバスも、タクシーと同じように荷物を運べる。

運送料金は荷物を運ぶタクシーやバス会社が決めるため、料金の多様化も促しそうだ。


全国の自治体で物流業者と運送業者の連携が広がる可能性が高く、過疎地の交通インフラ網の再整備も期待される。


by mnnoblog | 2017-07-28 08:44 | 生活

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