私のゆるゆる生活

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カテゴリ:生活( 69 )

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  (ALL ABOUT の記事より)

中年(ミドルエイジ)の入り口は、何歳くらいかご存知ですか? 
ユングは人生の折り返し地点を40歳頃と考え、この時期を「人生の正午」と呼びました。

ところで、ミドルエイジは、俗に「思秋期」ともいいます。
思春期が、大人への成長を前にさまざまな葛藤に悩む時期であるのに対し、思秋期は、若い頃の価値観や生き方を見直し、人生の後半をどう生きるか考えていく時期にあたります。

つまり、ミドルエイジの入り口にあたる40歳前後、つまり「アラフォー」と呼ばれる頃から、人生そのものも、そして生き方やものの考え方もダイナミックに変化していきます。

最近、よく「ミドルエイジ・クライシス」という言葉を耳にします。
中年にさしかかると心の負担が増え、精神的に追い詰められる人が増えてくるため、要注意なのです。

また、家庭では子どもの将来、マイホーム計画、老いた両親への責任、老後への人生設計など、抱える問題が一気に増え始めるのもこの頃です。

また、ミドルエイジが心の危機に陥りやすいのは、“実年齢”と“気持ち”のギャップが大きいことも影響しています。
頭では、「まだまだ自分は若いんだ」と思っていても、実際には、その年齢なりに心も体も成長し、老化も始まっています。

このとき、「ミドルエイジが考えるべきこと、やるべきこと」に気づかないでいると、これからの人生の展望を見失ってしまいます。

ひとことで言えば、ミドルエイジの初期は「リストラ」の時期。
“人生をリストラクチャリング(再構築)する”
それが、ミドルエイジの入り口でまず着手しなければならない課題なのです。

そのためには、自分の人生設計を、あらゆる角度から見つめ直していく必要があります
ここでは、最低限抑えておきたい、見直しのポイントについて紹介してみましょう。
各項目ともバランスよく目をくばれているかどうか、じっくり考えてみましょう。

例)
健康・現状の健康チェックと定期健診の受診
・健康管理の見直し(食生活、睡眠、休養、飲酒、喫煙)
・家族の健康と心の状態の把握
仕事・今後の仕事の目標の見直し
・職場での人間関係問題の把握
・仕事に必要なスキルアップの計画
・職場でのストレス対策の検討
家庭・夫婦の問題の把握
・子どもの将来設計の把握
・マイホーム計画の把握と見直し
・老後の人生設計への準備
・家族の団らんや余暇の充実
両親の問題・嫁姑問題などの把握
・老後の世話と介護の問題の把握
・両親の死後の問題の把握
人付き合い・嫁姑問題などの把握
・交友関係の見直しと充実
・近所、親戚などの人間関係の把握
自分だけの時間、趣味・気晴らしや趣味の充実
金銭面、資産・財産、資産の把握
・年金、各種保険の見直し
・貯蓄・積み立て計画の見直し
・お金の使い方の見直し
・老後の資金計画への着手

人生の折り返し地点で将来設計を考えることは、自分に向きあう絶好のチャンスです。
日々の忙しさにかまけていると、自分が本当にやりたいことや将来への展望などは、見失いがちになってしまうものです。

何も考えずに、「人生なるようになるさ」「宵越しの金なんて持たないぞ」などと、楽観的になりすぎると、人生の後半で思わぬ落とし穴にはまらないともかぎりません。

大切なのは、これからの人生のスケジュールを頭に描くことです。
それにはまず、10年先の自分、20年先の自分・・・・・・と年齢を決めて、そのときに自分がどうありたいのか、具体的にビジョンを思い描いてみることが大切です。

人生計画は、楽しみながら考えるもの。
自分に向き合いつつ展望を描き、人生の後半をさらに充実させていこうではありませんか。

by mnnoblog | 2017-11-10 08:27 | 生活
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  (TRENDYの画像と記事より)

乾燥しながらシワも伸ばすつり下げ型衣類乾燥機「シワを伸ばす乾燥機 アイロンいら~ず」。

2017年8月28日の発売以降、初回分がわずか2週間で完売して話題になっている。
手がけたのは、アイデア商品などを企画・販売するサンコー(東京都千代田区)だ。

脱水後のシャツを人型の乾燥エアバッグにセットしてハンガーにかけ、電源を入れると吹き出し口から出る温風でエアバッグが膨らむ。
シャツの乾燥とシワ伸ばしが最短30分で完了するという。

タイマーは約30~180分で、送風と温風の切り替えも可能。
ハンガーの中に靴下やハンカチなどを入れて同時に乾かすこともできる。

面倒なアイロンがけが不要なうえ、シャツのシワ伸ばしと乾燥がスピーディーにできるので、電気代はシャツ1枚で約13円とクリーニング代の節約にもなる。

アイロンがけが面倒、自動でしてくれると助かる、といった独身男性のほかにも、夫が着るシャツの毎日のアイロンがけに悩まされていたという主婦にも受けているようだ。

「シワを伸ばす乾燥機 アイロンいら~ず」(税込み価格7980円)。
本体サイズは22(幅)×32(高さ)×14(奥行)cmで重量は1.4kg。
同社通販サイトで予約受付中。

by mnnoblog | 2017-11-04 08:55 | 生活
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  (AERAdot の画像と記事より)

ドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日系、放送終了)は、テレビ文化に功績を残した者だけが無料で入れるという、招待制の高齢者ホーム「やすらぎの郷 La Strada」を舞台に、入居者の元テレビ関係者たちが織りなすめくるめく日常を描いて、ヒットした作品だ。

実際多くの高齢者ホームでも、ランチタイムの食堂に集まった入居者たちが食い入るようにドラマの展開を見つめる光景が、定番となっていた。
ある高齢者ホームに入居する70代の女性も言う。

「本物のホームでは、あんなふうに毎日事件が起こったりしないから、あの人間関係がいい刺激になりそう。
ロケーションもステキだし、もしも実在したら、元気なうちに入りたいわ~。でも費用は、いくらぐらいかしらね?」

はい。試算してみました。

まずは施設概要から。
都心から車で1時間半程度の海沿いにある、東京ドーム約30個分の広大な敷地に、マンション、コテージ、ヴィラという3タイプの居室、約50戸が点在。共有施設もスポーツジム、温泉など、高級高齢者ホームの定番施設のほか、若い女性バーテンダーが常駐するバーや、シアターなども完備する。

サービスも手厚い。
認知症にも対応する医療態勢は万全。
また美人コンシェルジュが入居者の日常をサポートしてくれるだけでなく、入居者と結婚するという夢のような展開も。
しめておいくら?

高齢者ホームの料金設定は、「家賃部分」に大きく左右されるという。
普通の賃貸マンションと同じく、広く豪華で、地価が高ければ入居費用も跳ね上がる。

そう考えると、「やすらぎの郷 La Strada」の家賃は、どう考えても天文学的数字に。
脚本家の倉本聰さんは週刊朝日ムック「高齢者ホーム 2018」のインタビューで、「創立者が使ったお金は2兆円」と試算している。
専門家たちも、口をそろえる。

「日本一高い入居費用になることだけは間違いないでしょう」

例えば、もっとも高額な入居費用のホームの一つとして知られる東京・成城にある某高齢者ホームの場合、入居時だけで最高4億円が必要といい、それを上回るのは確実だ。

架空の施設で、あーよかった?

by mnnoblog | 2017-10-20 08:52 | 生活
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  (日経BizGate の画像と記事より)

日本が格差社会に入った、という認識を多くの国民が共有する時代が到来した。
結果の格差である所得や資産の格差のみならず、教育・雇用・昇進など機会の平等とされる分野における格差も問題視されるようになった。

格差は語られるようになったが、格差を是正すべきかという点になるとまだ合意は得られていない。

格差はできるだけ小さいほうがよいとの意見がある。
いっぽうで、経済を強くするには有能でがんばる人に高い所得を与えて、もっと働いてもらって高度成長を図らねばならないとする意見もある。
これに賛成する人は財界や保守政治家に多い。

さらに、低い所得に甘んじている人は有能でなく怠けているからだと、自己責任に帰する意見も多い。
さらに、世の中に格差は存在しているようだが、それにあえて目を閉じて、無関心を装う人もなかにはいる。

本書は世の中に存在している格差のうち、日本の都道府県間に実在するさまざまな格差に注目して、その実態を明らかにする。

それこそ各種各様の数多い変数を取り上げている。
そのうちのいくつかを列挙すると、県民所得の格差は当然としても、小・中学生の学力・体力、大学進学率、塾比率、三世代住居の比率、労働時間、婚姻率、企業における管理職や県議会議員数における女性比率、平均寿命や病院数、住宅1軒あたりの敷地面積、自動車保有数、などなど。

県民の日常生活の質に関する情報について、どの県が恵まれていて、どの県が恵まれていないかを、明確に統計数字を示して、都道府県での格差の有用な実態を提供している。

これ以外にも、たとえば産婦人科医はどこの県に多いか、新聞を読む人の多い県・あるいは少ない県はどこか、映画を見る人の多い県はどこか、老人ホーム比率、民生委員数、自治会数などの違いは県によってあるか、といった日ごろ私たちの知らない事項についてまで、本書は都道府県格差を紹介している。

バブル経済が崩壊し、日本の先行きが不透明になった1992年、政府は「豊かさ指標(新国民生活指標)」という調査を行ないました。
これは、生活の便利さや安心度などの非貨幣的な統計データを中心に点数化し、都道府県ごとに比較したものです。

この調査は、6年連続で最下位となった埼玉県の知事の抗議によって1999年に廃止となりましたが、2014年からは、日本総合研究所が日本ユニシスの協力のもと「全47都道府県幸福度ランキング」という同様の調査を開始し、現在まで継続しています。

ここでひとつ注目したい事実があります。
それは、かつて政府が行なっていた「豊かさ指標」でも、最近になって調査がはじまった日本総合研究所の「全47都道府県幸福度ランキング」においても、総合1位がつねに同じ都道府県であったという事実です。

その都道府県とは、どちらかといえば地味な印象のある、福井県です。
調査していない期間があるとはいえ、バブル崩壊から現在に至るまでの四半世紀にわたり、47都道府県のなかで福井県が「もっとも幸福な都道府県」であり続けたということになるでしょう。

ちなみに、2016年度の調査で幸福度総合の2位は東京都ですが、3位は富山県、4位は長野県、そして5位は石川県でした。
こうしてみると、福井県を筆頭とした北陸地方の充実ぶりは目を見張るものがあるといえるでしょう。

福井県が「幸福」であることを具体的に裏付けるデータを、2016年度版の「全47都道府県幸福度ランキング」からいくつかみてみましょう。

たとえば、現在社会問題となっている正規雇用と非正規雇用の格差。
福井県は、「正規雇用者比率」が全国3位と上位につけています。
また「大卒者進路未定者率」では全国で最下位です。
これは、大学卒業後に就職先が決まらない人の割合が47都道府県でもっとも少ないということを意味します。

さらに、障碍者雇用率も全国4位と、雇用面のバリアフリー化も進んでいます。
これら「仕事」分野の多くの指標で、福井県はいずれも上位にあるのです。

「教育」分野においても、福井県はさまざまな指標で上位につけています。
学力が全国2位。
不登校児童生徒率の低さが全国2位。
社会教育費の支出が全国3位。
社会教育学級・講座の数が全国3位。
余裕教室活用率が全国1位なのです。

これは、児童生徒はもちろん、大人の学習意欲も高いことを示しているといえるでしょう。
県をあげて教育熱心な姿が想像できます。

そのほか福井県では、子どもの運動能力が全国1位。
女性の労働力人口比率が全国1位。
自殺死亡者数の低さも全国1位。
そして平均寿命が全国2位となっています。

ようするに、子どもが元気で、女性にとっても働きやすく、悩みも少なく、多くの人が長生きする県ということです。

そして、これら各種の指標をあわせたとき、福井県は総合で幸福度1位の県となります。

しかも先にも述べたように、これは2016年度のことだけではありません。

幸福度を測ったランキングで、福井県はつねに首位の座を保っているのです。


福井県の幸福度が高いことには、当然ながら、なにか理由があるはずです。

ひとつ言えるのは、昔から福井県民は勤勉で働き者といわれてきたこと。

そんな県民性が現在も確実に反映されているのかもしれません。


事実、各指標が示すものをみたとき、福井県でもっとも特筆すべき点は、人材育成から仕事面まで一貫して充実した環境が整っているということでしょう。


別の言い方をすれば、「教育(入口)」と「雇用(出口)」の両面が安定しているということになります。

これは、他の都道府県にはなかなかない特徴です。

また、「幸福」というものを考えたとき、外せない要素であることは間違いないでしょう。


もしかしたら、福井県は多くの都道府県にとって今後目指すべきモデル・ケースになり得るかもしれません。


by mnnoblog | 2017-10-08 08:40 | 生活
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  (現代ビジネスの画像と記事より)

NHK朝の連続テレビ小説の『ひよっこ』がいい。

これまでの連続テレビ小説とは少し違う。


大雑把にいえば、これまでの連続テレビ小説は〝積み上げていくドラマ〟であったのに、今回の『ひよっこ』は〝失われたドラマ〟なのだ。

でも、哀しくはない。
喪失の哀しみは描かれていない。
後半にかけて回復のドラマとなるかとおもうが、とにかくつねに喜びの物語になっている。

連続テレビ小説では、元気な女性の半生が描かれることが多い。
主人公は最初、子供だったりする。
1週目だけ子役が演じ、6話ぐらいにになって学生時代のヒロインが登場する、というのがよくあるパターンだった。

ヒロインは迷いながらもやりたいことを見つけ、夢を抱き、目標に向かってがんばる。
おしんは、見事に成り上がりました(1983年)。
元気に前向きな彼女たちを見てみんなで元気になろう、というのが日本の了解事項だったようだ。

成功者の物語が続くなか、『ひよっこ』はあきらかに異質である。
物語は、夢など抱いていないふつうの女の子を描いている。
夢や希望を追うばかりが日本人の人生ではないだろう、と静かに強く訴えているようにおもえる。

舞台も大正から昭和、戦争、戦後などと慌ただしく進んだりしない。
物語は昭和39年(1964)の9月から始まり、9週目で昭和40年暮である。
急がずに進んでいる。

1960年代の日本がゆっくりと広がっていく。
いまから見ると、ちょうどこのあたりが現代日本の原風景に見える。
その風景が細かく、心地いい。
1960年代を再現した風景に心打たれる。

このドラマに惹かれるのは、しかし、そこではない。
主人公みね子の佇まいに引き寄せられる。

何かを掴もうとしているわけではない。

ふつうに生き、なるべくいろんなものを取り落とさないようにしている。

しかしいくつか取り落として進む人生を、それでもしっかりと生きて行く。

いまを受け入れ、落ち込まず、きちんと生きていく姿。

そこに圧倒的に惹きつけられる。


『ひよっこ』の主人公は、茨城県でも鄙深い田舎の高校生である。

大きな夢を抱くわけでもなく、とびぬけて元気なわけでもない。

ただ、やさしい。


彼女は自分といまを受け入れている。

底から強い。


このドラマは、生き生きとしたリアルな善きエピソードをたくさん集めて、それを重ねて作り上げている。

1960年ニッポンのファンタジードラマ。


哀しいドラマではない。

せつなくなることはしばしばあるが、基本は陽気である。

1960年代の空気を反映したコメディタッチが底に流れている。


主人公みね子は、高校のときから働ぐの好きだと言って、いつも身体を動かしていた。

彼女を囲む人たちもみんなそうである。

こういう人たちがいれば日本は大丈夫だとおもわせる、きちんとした生活人である。


そういう人たちの姿を丁寧に描いていて、それだけなのだけれど、だから世界がとても力強く見える。


彼女は疾走しない。

強く上昇しようとしない。

自分探しなどしない。

やることをしっかりやって、歩いている。

ときどき何かが失われるが、それでも歩みを止めない。

たしかに、人生はそういうものである。

成功するばかりが人生ではないし、夢を抱えている人だけが日本人ではない。


若者に夢を持てと励ますのは、大人のわがままであり、無茶振りであり、ある意味、脅迫ではないのか、と私はおもっているのだが、このドラマも同じようなメッセージを含んでいるように感じる。

大事なのは夢を持つことなんかではなく、しっかり生きることではないのか。


人にやさしくして、きちんと生きようという世界を毎日見ていると、かなり幸せな気分になれる。


『ひよっこ』は毎日みましょう。朝と昼とにやってます。

堀井 憲一郎:1958年生まれ。京都市出身。コラムニスト。
著書に『若者殺しの時代』『落語論』『落語の国からのぞいてみれば』『江戸の気分』『いつだって大変な時代』(以上、講談社現代新書)、『かつて誰も調べなかった100の謎』(文藝春秋)、『東京ディズニーリゾート便利帖』(新潮社)、『ねじれの国、日本』 (新潮新書)、『いますぐ書け、の文章法』(ちくま新書)などがある。

by mnnoblog | 2017-09-14 08:03 | 生活
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  (現代ビジネスの画像と記事より)

「会社を辞めます。働くのが嫌になったので、しばらく何もせずふらふらします」

と上司に伝えたのは28歳のときだった。


そもそも就職した瞬間から辞めたかった。

小さい頃からずっと働きたいという気持ちがほとんどなくて、毎日ごろごろとマンガでも読んで寝て暮らしたいと思っていた。

就職したのは純粋に生活費のためだった。


毎日「突然隕石が落ちてきて会社が潰れたらいいのに」と考えながら生きるのにはもう飽きた。


しばらくは何もせず、ひたすらだらだらと寝て暮らすという理想の生活を送ろう。

上司や会社の人たちからは、

「もっと深く考えたほうがいい」

「この先の人生どうやって生きていくつもりだ」

などと引き止められた。


「人生をドブに捨てるつもりか」

「絶対に後悔するぞ」

などと脅してきた知人もいた。


そもそもこの会社にずっといてどうなるというんだ。

僕があまり仕事ができず職場にもあまり適応していなかったのはみんな知ってるはずだろう。

なのになんで引き止めるんだ。


勤め先が悪い会社というわけではなかった。むしろいいほうだろう。

給料はあんまり高くないけれど、仕事はそんなに忙しくなく、将来的にも倒産しそうにない会社だった。

でもそんなぬるい会社でも勤められないということは、多分自分には社会人は無理だったのだ。


僕は京都大学を卒業したという世間から見ると輝かしい経歴を持っているのだけど、それは単に受験勉強ができたというだけだ。

一人でコツコツ勉強をするスキルと、社会性や仕事能力やコミュニケーション能力は全く違う。

いい大学を出れば将来安泰とか言ってたのは誰だ。

結局いい大学を出ても社会に適応できないダメな人間はダメなままなのだ。


これ以上この職場にいても自分も苦しいし周りにも迷惑がかかるだけだ。

じゃあできるだけ早く辞めるのがいいだろう。

そう思って誰の意見も聞かず、僕は職場を去った。


会社を辞めた僕が向かったのは東京だった。

東京に来たのは正解だった。

多分東京に来なければ、こんなにも長期間にわたってふらふらとした生活を続けられなかっただろう。


もっと田舎や地方に住んでいたら、なんとなく周りの雰囲気に流されて、また就職したり何かの拍子で結婚したりして、そしてその合わない暮らしでまた閉塞感を感じてストレスを溜めて、不幸になっていただろうと思う。


世間一般のルールに合わせられないマイノリティの人間はできるだけ大きな都会に住むべきだ。

なぜなら、都会には自分と同じような性質を持つ仲間がたくさんいるからだ。

田舎のマイノリティは孤立するしかないけれど都会のマイノリティは仲間を作れる。これが大きな違いだ。


僕が上京した当時はちょうどツイッターが流行し始めた頃で、ネットを通じて知らない人に会うことがそれまでに比べてすごく簡単になっていた。

重度のネット中毒だった僕は、ツイッターやブログに毎日のように大量の投稿をし、それを通じてネット上の知り合いを増やし、ネットのいろんな人に会ったりネット関係のイベントに顔を出したりするという生活を続けた。


ネットには自分と同じような、ネット中毒の人間や働きたくない人間が無数にいた。自分と話が合う人間がたくさんいるということがとても嬉しかった。


そんな感じでふらふら遊びながら暮らしていると、働いているときに貯めた貯金もだんだんと底をついてきた。

だけど普通に働くのはもう絶対に嫌だったので、自分みたいな怠惰な人間でもできるような、小銭稼ぎの手段を探した。


治験、アフィリエイト、本やCDのせどり、スマホの転売など、いろいろやった。

そのへんの胡散臭い小銭稼ぎをいくつかやっていれば、あまり贅沢はできないけれどなんとか生活をやっていくことはできた。


あとは、ネットで自分の生活状況を詳しく公開していたせいか、いろんな知らない人が物やお金を送ってくれた。

パソコン、自転車、原付、本、食料品などさまざまなものをタダでもらった。

多分みんな、ネットの変な人に物を送りつけるのを楽しんでいたのだと思う。


そんな生活をしていると、たまに何かの間違いで会った真っ当ぽい人に、

「せっかく京大を出ているのにもったいない。いい服を着ていい車に乗っていい女を抱きたいというような、人並みの欲望は本当にないのか?」

などと言われることもあった。


そんな風に言われても、何を言っているのか全然ピンとこなかった。

服には興味がないし車は嫌いだし、女性は嫌いじゃないけれど、それは別にお金があれば仲良くなれるというものでもない気がする。

モテるかどうかって、もっと気遣いとかそういうところの問題じゃないだろうか。


そもそも、お金が欲しいと思うことが僕には昔からあまりなかった。

むしろお金より時間のほうが大切だった。


毎日通勤してフルタイムで働いてストレスを溜めながらそれなりのお金をもらうよりも、お金がなくても毎日好きな時間に起きてごろごろしながら本を読んだりネットを見たりしているほうがいい。

そちらのほうが自分にとっては幸せだということに僕はあるときに気づいた。

だから会社を辞めたのだ。


何が幸せかというのは人によって違うものだけど、世間や他人は自分の基準を無理矢理に押し付けてくるところがある。

全く余計なお世話だ。

僕はそういう意見を全く耳に入れないことにしていた。


「無職だと不安にならない? 自分が何者でもないような状態って心細くない?」

みたいなことを言われることもあったけど、これも意味がよくわからなかった。


むしろ僕は働いているときのほうが不安だった。

会社の仕事なんていう自分の本質と何の関係もないものに1日の大半の時間を使っている状態のほうが、自分が何者なのか分からなくなって苦しい感じがあった。

自分はこんな人間じゃないんだ、こんなことをしたいんじゃないんだ、とずっと1日中思っていた。


それに比べると無職の状態は、全ての時間を自分の好きなように使えるから、これこそが自分だ、自分の人生だ、と思えた。


無職になったくらいで自分が何者でもないような気がする人は、自分が何が好きでどういう人間かということを、今まであまり考えてこなかったのではないだろうか。


その頃の僕は、東京都内のいろんなシェアハウスを1ヵ月〜数ヵ月ごとに転々としていた。

無職でもシェアハウスは入居しやすかったからだ。


普通の家を借りるのには、敷金・礼金・仲介手数料・家具や家電を買うお金など、すごくたくさんのお金がかかる。

あと、保証人をつける必要があったり、勤務先などで審査されたりもする。

無職には到底無理な話だ。


そんな風に転々としたシェアハウス暮らしを続けているうちに自分にはやりたいことが一つできた。

それは「自分で自分好みのシェアハウスを作る」ということだ。


ネットで僕がよく会うような、自分と趣味や好みが似ている人、お酒を飲んでワイワイ騒ぐよりももくもくと本を読んでいるほうが好きな人、普通に会社で働くのが苦手な人、パソコンやゲームや本や音楽が好きな人、そういう人が集まるシェアハウスがあったらいいのに。


僕のイメージとしては、大学時代に住んでいた寮があった。

その寮はとにかく汚くてボロくて、学校に行かないダメな学生がたくさんいて、みんな一日中ゲームをしたりマンガを読んだりしていた。

あの頃は楽しかったなあ。

またあんな場所を作れないだろうか。


そんな願望をブログに書いたら、

「家が1軒空いてるけど借りない? 3LDKの分譲マンションなんだけど」

と、ネットの知り合いから連絡が来た。

おお、本当か。渡りに船だ。僕は二つ返事で了承した。


そうして、現在では全国に数十軒あるギークハウスの最初の1つ「ギークハウス南町田」が東京都町田市に誕生したのだった。


29歳のときに最初のシェアハウスを作ったときには、ちゃんと人が集まるか不安だった。

誰も人が住まなくて自分1人でも、半年くらいは頑張ってみよう、と思っていた。

だけどその心配は杞憂で、ブログに入居者募集の記事をあげるとすぐに応募者がたくさん来て、部屋はすぐに埋まった。


シェアハウスといえば、容姿の良い若い男女がお洒落なパーティーをしたり未来について語り合ったりするみたいなキラキラしたイメージがあったりするかもしれないけれど、僕が作りたいシェアハウスはそれと真逆なものだった。


もっと地味で内向的な人間がもくもくと何かをやっているのがいい。

おしゃれなパーティーなんかに反感を持っている奴を集めたい。

みんな本を読んだりゲームをしたりそれぞれが好きなことを勝手にしているようなのが理想的だ。


そんなコンセプトに共感する人が意外と多かったのか、シェアハウスを始めるとすぐにいろんな人が集まってくるようになった。

シェアハウスのよいところは、個人の家よりも人が気軽に遊びに来やすいというところだ。


うちに集まるのは基本的にネットの人間ばかりなので、みんなツイッターのハンドルネームで呼び合う。


人が集まっても大体の場合あまり会話はせず、それぞれが自分のノートパソコンを広げて画面に向かっている。

誰も他人に向かってほとんど気を遣わない。

みんな勝手に玄関から入ってきてそのへんに座り込んで、ネットを見たりブログを書いたりプログラミングをしたりと好きなことをしている。


でもこういう空間を自分は作りたかったのだ。

自分が自分のために作った自分好みの空間はとても居心地がよかった。


僕が無職だったせいか、シェアハウスに集まるのも同じようなふらふらしている人間が多かった。

無職やニートやひきこもり。フリーランスのプログラマーやライター。ウェブでマイナーな漫画を発表している漫画家。

会社員だけど出社が苦手であまり出社しない奴。


いろんな人間がいたけれど、何らかの能力を持ちつつも学校や会社や家族にうまく適応できないというところがみんな共通していた。


そうした全部の人間をスムーズに受け入れられたわけではなかった。

たまたま気が合って長く付き合う仲間になった奴もいるけれど、基本的にはみんなクズばかりなので、

「こいつ本当にクソだな、もう付き合いきれん」

とか思って放り出した奴も多かった。


「弱い者たちがお互い助け合って生きていく」なんていうフレーズがあるけれどあれは嘘だ。

大体の場合は「助け合い」にはならず、助ける側の人間はずっと助ける側で、助けられる側の人間はずっと助けられる側だ。


だけど、それでまあいいのだと思う。

助ける側がそれで損ばかりしているのかというとそうでもない。

助ける側は助けることによって精神の安定を得たりとか、暇潰しになったりとか、何か得るものがあるから趣味で助けているのだ。


こんな非生産的で時間が止まったようなシェアハウス暮らしを続けて今年で10年目になる。

もう10年も経ったのか、と考えると少し気が遠くなる。

一体いつまでこんな生活を続けられるだろうか。


僕はもうシェアハウス以外でどうやって人と仲良くなればいいのかが分からなくなってしまった。

この先ずっとこんな風に、よく分からないシェアハウスに変な人間を集め続けるという生き方を続けるのだろうか。

死ぬまでずっと? できるかなあ。どうなんだろう。


pha(ふぁ)作家。1978年生まれ。小さい頃から労働意欲に欠け、京都大学を卒業して適当な会社に入社するも3年で辞め、以降ふらふらと定職に就かずにシェアハウスで暮らしている。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『ひきこもらない』などがある。


by mnnoblog | 2017-09-06 08:25 | 生活
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  (DIAMOND online の画像と記事より)

定年退職日はある時点でいきなりやってくる。
その日を境に、長年取り組んできた仕事も、会社での人間関係も、スケジュールもすべて一度に失われる。
一方で、本人自身はいきなり変わることはできないので、そのギャップの大きさに戸惑うのである。

毎朝7時に起床して、8時の電車に乗って出社して、残業をこなしてちょっと一杯飲んで家に戻ると夜10時過ぎ。
そういう生活を40年近く続けてきた後に、いきなり朝からまったく自由で、何もやることがない生活に移行する。

そのギャップは、当初大きな解放感になって現れる。
ほとんどの人が会社生活から解き放たれた喜びを語る。
そして解放感が徐々に収まるとともに現実に引き戻される。

多くの自由な時間を楽しく過ごすことができれば良いが、何をしていいのか、何に取り組んでいいのか分からなくなる人も少なくない。

この定年前後のギャップを埋めるには、定年前の働き方を修正するか、定年後の生活を変えていくかのどちらかの対応になろう。

1990年代後半以降、従来の日本的雇用慣行は変化しているにもかかわらず、個人側からの自律的なキャリア形成はそれほど進んでいない。
会社本位スタイルとも呼ぶべき、会社勤め中心の働き方が依然として強く存在している。

会社本位のライフスタイルのまま退職すると、どうしても生活実感を持ち得なくなって、定年後の自分の着地場所が分からなくなる。
また新たに見つけるのにも時間がかかる。

定年退職すると使わなくなるものは結構ある。
背広、ネクタイ、カッターシャツ、定期券や身分証明書もそうだ。
しかし一番大きいものは名刺だろう。

名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。
名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。
そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺を携帯させて、自社の社員であることの意識づけをしている。

社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので疑問も抱かない。
同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが昇進や昇格と結び付いてきた面もある。

また単に個人の受け止め方の問題だけでなく、日本社会自体が名刺や所属や肩書を重視する組織中心の社会でもある。
そして定年後は名刺や肩書はなくなり、組織から完全に離れるのである。

定年後にイキイキと生活するポイントは、自らの主体的な姿勢や行動力なのであるが、そのため新たな人間関係を築くまでに時間を要する。
関係ができずに立ち往生してしまっている人もいるのである。

しかし定年後の問題の本質が、定年前後のギャップだとすれば、当然ながら女性も対象になる。
特に男女雇用均等法以降を考えれば会社本位スタイルの女性も増えていて同様な課題に直面するのである。

こうして考えてくると、定年後の自らの姿から逆算して、現在の働き方を見直すという対応策もありうる。

その方向性は、仕事に注力する自分、仕事以外の関心あることに取り組む自分、家族や友人を大切にする自分など、多様な自分を自らの中に同時に抱え込んでおくことになろう。

そして、そのようなマインドセットの切り替えは、50歳ぐらいからスタートするのが望ましいと考えられるのだ。

by mnnoblog | 2017-09-05 08:42 | 生活
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  (日経新聞の画像と記事より)

内閣府は26日、2017年度の「国民生活に関する世論調査」を公表した。

現在の所得や収入に「満足している」「まあ満足している」と答えた人は計51.3%で前年より3.2ポイント増えた。
「不満だ」「やや不満だ」は2.7ポイント減の46.9%。

21年ぶりに“満足派”が“不満派”を上回った。

資産や貯蓄では「満足」「まあ満足」が計44.4%(前年比2.4ポイント増)。
「不満」「やや不満」は計52.4%(同2.2ポイント減)だった。

働き方改革の推進を踏まえ「自由時間が増えた場合にしたいこと」を初めて尋ねた。
「旅行」が最多の47.0%(複数回答)で世代別でも各年代の1位だった。
「趣味・娯楽」が34.8%で続いた。

「現在の生活にどの程度満足しているか」の質問では「満足」が73.9%(前年比3.8ポイント増)だった。
生活が「向上している」は6.6%(同1.1ポイント増)、「低下している」は14.7%(同2.8ポイント減)だった。

政府への要望を複数回答で聞くと「医療・年金など社会保障の整備」が最多の65.1%(同0.7ポイント増)。
「防衛・安全保障」は36.2%(4.3ポイント増)で、比較可能な01年以降で最も高かった。
北朝鮮問題など日本の安全保障環境の厳しさを反映した。

調査は6月15日~7月2日に全国の18歳以上の男女1万人に面接して実施。
6319人の回答を得た。

by mnnoblog | 2017-09-02 08:52 | 生活
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  (JBpress の画像と記事より)

1793年、清の乾隆帝は英国から貿易促進のために派遣されたジョージ・マカートニー伯爵に対して、中国は“地大物博”(領土が広く物が豊富)であるから、外国と交易する必要はないと言い放ったそうだ。

そんな中国だが、モータリゼーションが進展する中で国内生産だけでは石油が足りなくなった。
現在、約3億トン輸入している。
ちなみに、日本の輸入量は約2億トン。

石油の輸入は中国の対外戦略に大きな影響を及ぼしている。
中東から中国までの輸送路を確保したい。
南シナ海の領有を宣言したりインド洋に進出したりする背景には、石油を安全に運びたいとの思惑がある。
ミャンマーやパキスタンに多額の援助を行って同盟国化しようとしていることも同様の理由である。

そんな中国にとって、石油と同様に海外から大量に輸入するものが現れた。
大豆である。

現在、中国の大豆輸入量は6000万トンを上回り、世界で交易される大豆の6割にもなっている。
日本の輸入量は約300万トン、中国の輸入量は食料輸入大国と言われる我が国の20倍にもなっている。

大豆を絞って大豆油を得るが、その搾りかすである大豆ケークと呼ばれる粉末は家畜のよい飼料になる。
大豆は36%ものタンパク質を含む。トウモロコシのたんぱく質含有量は9%程度だから、家畜へのタンパク質供給を考えた時、大豆6000万トンの輸入はトウモロコシ2億4000万トンの輸入に相当する。
中国はまさに大量の家畜飼料を輸入している。

中国人は豚肉を好む。
中国で肉と言ったら豚肉を指すが、現在、中国人が食べている豚肉は大豆ケークを使って生産されている。

中国は国内で大豆を生産しており、1980年代には170万トンもの大豆を輸出したことがあった。
しかし、21世紀に入って自給率は急速に低下しており、2013年は16%に過ぎない。

中国は大豆を主にブラジル、米国、アルゼンチンから輸入している。
2013年の輸入量はブラジルからが3180万トン、米国が2220万トン、アルゼンチンが600万トンである。
それは太平洋を超えて渡って来る。

食料が輸入できなる事態は、大きく分けて2つ考えられる。
1つは生産量の減少。食料が足りなくなればどの国も自国の需要を優先するから、米国やブラジルが中国に大豆を売らなくなる事態も想定される。

しかし、それは杞憂と言えよう。
大豆を栽培する畑ではトウモロコシを栽培することができる。

農民はより多くの収入が得られる作物を栽培する。
現在、米国は1億トン以上のトウモロコシをバイオエタノールの生産のために使用している。
それはトウモロコシや大豆の過剰生産を解消するためである。
世界では食料の過剰生産状態が続いている。
そのために、食料不足が禁輸につながる事態は考え難い。

食料輸入の途絶を心配しなければならないのは政治的な理由である。
戦争になれば、敵対国に食料を売る馬鹿はいない。
また戦争に至らないまでも、その前段階において敵対する国に食料を売らないことをちらつかせて、譲歩を迫ることができる。
昨今話題の北朝鮮に対する石油の禁輸がその例である。

このようなことを考えると、中国の対外戦略は混乱していると言わざるを得ない。
石油の輸入、つまりエネルギー安全保障を念頭に置いて南シナ海やインド洋に進出したのだが、そのことをもっとも面白く思っていないのが米国だからである。

中国は対立を深め始めた米国から大量の大豆を輸入している。
ブラジルやアルゼンチンからも輸入しているが、それは米国が制海権を有する太平洋を超えて運ばれて来る。
南シナ海の制海権だけでは不十分である。
中国は食料安全保障を完全に米国に握られてしまった。

米国が本気になって怒れば、中国人は豚肉を食べることができなくなる。
それは、一度ぜいたくを覚えた中国人にとって大変な苦痛になろう。
もし、そんなことになれば政権への怨嗟の声が国中に満ち溢れることになる。

中国が南シナ海やインド洋で米国との対立を辞さない行動に出るつもりなら、食生活の根本に関わる豚肉の飼料を米国やブラジルに依存するべきではなかった。
飼料を完全に自給できる体制を整えてから、米国に喧嘩を売るべきであった。

エネルギーの安全保障を名目に南シナ海やインド洋に進出することによって、食料安全保障を危険にさらしている。
マクロな視点から見れば、中国の対外戦略はただの思いつきの連続と言ってよく、そこに整合性を見ることはできない。
“場当たり的“と評されてもしかたがないものである。

by mnnoblog | 2017-08-28 08:52 | 生活
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  (JBpress の画像と記事より)

人間はいくつかの根源的な欲求を抱いているが、そのうちの1つに「世のため人のために役に立ちたい」という欲求がある。
これを貢献欲求と呼んでいる。

人はこの貢献欲求を満たすことで、自分の存在意義を感じるという性質を持っている。
貢献欲求は仕事を通じて満たすことができるが、仕事一筋の人生を送ってきた人は定年退職後、貢献欲求が満たされずに苦しむケースが多い。

これといった用事もない日々を過ごしていると、何らかの形で世間から必要とされたい、自分の力を発揮できる場がほしい、という思いを抱くようになる。
これは切実な思いである。

この貢献欲求を満たしたいという精神的な理由から、定年退職後もセカンドキャリアとしての仕事を得られるように50代から準備を始める人も少なくない。
ただ、セカンドキャリアを得るのは精神的な理由のみならず、経済的な理由からも必要になる可能性は高い。

今、日本人の平均寿命は男性が80歳、女性が88歳。

例えば、定年延長せずに60歳で定年退職し、85歳まで生きたとすると、退職後に25年間生きるだけの資金が必要になる。

定年退職時の貯蓄と年金の額にもよるが、働かずに悠々自適の老後を送るということは決して簡単なことではない。

そのため、定年退職後もセカンドキャリアを得て、ある程度の収入を得る必要性が生じることも十分にあり得る。

社会人材学舎グループの小澤松彦氏は、セカンドキャリアとしての仕事を得て活躍できる人と、いつまで経っても仕事が得られない人との間には明確な違いがあるという。
それは、「過去の成功体験を捨ててリスタートする覚悟」を持てるかどうかである。

特に大手企業のサラリーマンはこの覚悟を持つことが難しいことから、小澤氏は意識改革に力を入れている。

セカンドキャリアを得て現場で活躍するためには、「元大手」という意識を捨てて謙虚になり、ゼロから何でもやりますという覚悟を持つことが重要であり、実際にこういった人は比較的にスムーズにセカンドキャリアとしての働き口を見つけているという。

また、短時間で自分の価値を表現することはセカンドキャリアを得るうえで当然求められることであるが、これができない大手のサラリーマンが多いという。

業績を上げる具体手法、製品やサービスに進歩をもたらす技術、組織を活性化する手法、人材を育成するスキルなどを簡潔に語れることが求められる。

どのような企業に就職したとしても具体的な形で成果をもたらすことができる力と実績を、初対面の人に対して短時間で伝えることができるように、日頃の仕事の取り組み方を見直すとともに、その内容を言葉にまとめておく必要がある。

「大事なのは自分がどういった仕事にやりがいを感じるのかを明確にすることです。
それを自覚することなく別の仕事についても、また『世のため人のためになる仕事をしたい』と愚痴をこぼすことになります」

一昔前は定年退職してから亡くなるまでの期間が短かった。
しかし、年々平均寿命が伸びていったことにより、今の時代は定年退職してから数十年という期間を生きることになる。

その期間を精神的にも経済的にも充実した期間とするためには、定年退職前の時期から十分な準備が必要となる。
その準備期間として50代という期間は極めて重要な期間である。

by mnnoblog | 2017-08-24 08:28 | 生活

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