私のゆるゆる生活

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子供の頃の遊び-1

ペッタンコ(メンコ)遊び(Google imagesより)
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私が子供も頃は今の様に殆ど車も走って無く、一戸建てが数十軒建ち並んでいた社宅の中は子供の遊び場としては安全そのものだった。

小学校の裏は小高い山になっていて、授業が終わると友達と一緒に裏山に登って良く遊んだものである。
山の上にはコンクリートで作られた戦時中の高射砲陣地跡が残っていて、その中の様子を興味深く調べたりした。
そこから南側には私が住んでいた社宅とは別のもう一つの社宅が数十軒横長に連ねていた。
そして、その先には高い山並みが覆いかぶさるようにそびえていた。

学校から帰ると、かばんを放り投げてすぐ外へ遊びに行ったものである。
外の道は今の様にアスファルトで舗装されてなく、土の地面そのままだった。

土の上でベッタンコ(メンコ)、カッチン玉(ビー玉)、コマ等で遊んだ。

べっタンコは四角い形が普通で丸型は少なかった。
四角い端を内側に曲げて、べっタンコの端を叩きつけられても裏返しにされない様に折り曲げ方を工夫した。
叩きつける方はべっタンコの端を良く見て、地面との間にどこか隙間は無いか探りながら、相手のベッタンコの端を自分のベッタンコで叩きつける。

叩きつける風圧で相手のベッタンコを裏返しにさせるのだから力が入る。
引っくり返ったべっタンコは自分のものになる。
小遣いで買ったべっタンコである。
子供ながら取られまいと必死でべっタンコに工夫する。
                               つづく                                
by mnnoblog | 2010-11-30 15:51 | 思い出

ゴルフスイング

ゴルフスイング(Google imagesより)
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私のゴルフは我流である。
ゴルフを始めた頃は、「ジャック・ニクラウス」のスイングをお手本にしたが、その通りのスイングができる筈も無く、とに角真っ直ぐ飛べば良いとの考えで練習場に通った。

しかし、真っ直ぐ打つ事は難しく、スライス気味のボールが多かった。
試行錯誤しながら、体重移動を大きくする事で、スライスは減って来たが、今度は時折フックが出るようになった。

ボールを捕える時、グリップに力が入っていると、フックが出る事が分かって来て、ゆるゆるグリップでスイングすればなんとか真っ直ぐ飛ばせられるようになった。

それでも課題が残っている。

最近は年取った事で、体の柔軟性が無くなってきているために円く振れないのである。
インパクトで腰が前に出てしまっている。
円く振るには、フォローで腰から上の体を捩じらなくてはならない。

綺麗なスイングを目指したいと思っているが、年寄りはそれなりのスイングで満足すべきか、それともストレッチ等で柔軟性を取り戻し再度スイング改造をするか、迷っているこの頃である。

⇒2015年8月、インパクトからフォローにかけてスムースに回転できるよう、アドレスはオープンスタンスで両肩の方向は目標方向にしてスイングしている。

⇒2017年3月、年を取るにつれ腰の回転がスムースに出来ず、ダウンスイング時に意識して腰を回転するようにしている。

⇒2017年10月、今迄、止まったボールをパチンと打つことに集中していたが、止まったボールを押し出すように打つように意識を変えてます。また、ダウンスイングの開始を急がないよう心掛けております。

by mnnoblog | 2010-11-29 17:04 | 独り言

民主党

民主党本部(Google images より)
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政権交代から1年2カ月、今後の民主党はどうなってしまうのだろう?
経済対策を考慮に入れた補正予算はようやく11/26成立したが、その夜、中国漁船衝突事件の不適切な対応により、仙谷官房長官と馬淵国土交通大臣の問責決議が可決した。

管総理は二人を続投する考えであるが、野党から猛反発は必至で、問題発言で辞任した柳田法務大臣に続く閣僚が辞任に追い込まれれば、内閣改造の対応ぐらいでは低下した支持率を押し上げる事は困難で、解散、総選挙へ進んで行く事も考えられる。

官僚主導の政治に飽き飽きした国民から、政府主導の政治に期待した民主党であったが、鳩山前総理の一貫性の無い普天間基地の対応の不手際や、党首を目指した小沢一郎議員の動きに振り回され、党内は分裂、主導性を期待した「いら管」に変わったものの、未だに「いら管」ぶりを発揮する事も無く、低姿勢の管総理には失望が増すばかりである。

一方、11/28から4日間、北朝鮮と韓国で砲撃を交わした海域で、米韓両軍の演習が行われる。
不測の事態に発展しない事を願うばかりで、「ゆるゆる生活」の私でも気が気でない今日この頃である。
by mnnoblog | 2010-11-27 13:47 | 政治

勤労感謝の日-3

高度成長からバブルへ(Google images より)
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そうした苦労を吹き飛ばしてくれたのは、同業他社との競争に勝って新規顧客を獲得できた時である。

新規顧客獲得を目指す時、そこへ既に同業他社が参入している場合は、情報入手が難しく、顧客側が本当に困っている場合でないとなかなか情報が入り難い。
同業他社が問題解決に対応出来ていない時は我々も可能性は薄いが、僅かな利点があればそこで勝負が付く事がある。
その僅かな利点を自社内で作り出すのは大変な作業を要するが、その結果、新規顧客を獲得できた時は仕事への充実感は深い。

30数年間仕事をしてきたが、大半は苦労して来た事が多く、充実感を味わえた事は数少なかった。
それでも私たちの時代は、今と違い高度成長の時代だった。
どの分野も大量生産の時期で、売り上げは毎年伸びた時期でもあった。
プラスチックは勃興期だった事もあって、顧客先の人達もプラスチックに関して詳しい知識を持っている人が少なく、その点私でも仕事をして行く上で楽な面があった。

高度成長が頂点に達しバブルを迎える頃は、連日の接待で飲めない酒を飲む日が続いて、深夜遅く帰る日が多くしんどかった事もある。

仕事を離れて10数年経つが、未だに年賀状を交わしているのは、若い頃一緒に仕事をして来た同じ会社の仲間達や顧客先の人達である。
今はゆっくりとゴルフを楽しみながら余暇を過ごしているが、時折夢を見るのは若い頃苦労した仕事の夢が多い。
by mnnoblog | 2010-11-25 07:33 | 思い出

勤労感謝の日-2

クレーム対応(Google images より)
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プラスチックへ切り替えて行く中で、顧客以外に自社と協力してくれる着色メーカー、塗装メーカー、メッキメーカーとの付き合いも必然的に生じ、彼らとの関係も気を使った。

しかし、折角切り替わっても、クレームが発生する事がある。
営業部門のサービスエンジニアの仕事にはクレーム対応も含まれる。
顧客を維持していく上で、クレーム発生した場合の対応が一番大切である。
顧客に安心して使用継続してもらう為には、迅速で的確な処理とクレーム発生の原因説明と今後の対策への理解が不可欠である。

対応を間違うと信頼が無くなり顧客を失ってしまう。
長い時間を掛けてお互い信頼しながら仕事をして来た事が、一瞬にして崩壊してしまう。
大きなクレームになると、自社の技術部門、製造部門への状況説明は勿論、協力メーカーにも説明して迅速な対応をお願いした。

顧客に対応して行く場合より、自社内の各部門と対応する方が難しい場合がある。
難しい対応は内部にある事が多かった。

課長になってからは、顧客に対して技術的な事だけでなく、価格設定、売上高、利益率等も考えながら部下と共に仕事をして行った。
顧客の方を見るだけでなく、部下の指導、課内のコミュニケーションも大切である。

日本国内には同業他社が多かった事もあって、品質競争価格競争に負けないよう、特に同じ顧客で同業他社の製品も使用されている場合は、他社に先駆けて顧客が欲しているものの情報を掴み取り、自社の製品に反映して行く必要がある。

品質向上を望まれている場合は、自社の技術部門、製造部門を説得し行動してもらわなくてはならない。
また、価格的な事柄の場合は、競争に打つ勝つために上司及び経理部門へ事情を説明し理解してもらわなくてはならない。
                                明日に続く
by mnnoblog | 2010-11-24 06:29 | 思い出

勤労感謝の日-1

営業説明(Google images より)
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今日は勤労感謝の日である。
私は30数年働いた後、退職した。

高校では化学が苦手で物理の方が理解し易かった事もあって、大学の専攻もその方面を選んだが、皮肉な事に就職したのはプラスチックを製造販売する会社であった。
そして、配属されたのは営業部門で、対顧客へ自社製品の技術的な説明やフォローを行うサービスエンジニアであった。

プラスチックを製品化するには、成型方法がいろいろ有り、主に射出成型、押し出し成型、ブロー成型がある。
サービスエンジニアである限り、それらの成型方法を学び顧客を指導して行かねばならない。
6ヶ月間、自社研究所で実習したが、研究所にある設備と顧客の設備では規模が違い過ぎる。
戸惑いながらも基本は一緒と思い厚顔で指導したものである。

私は元々話下手で人と接するするのが苦手だった。
それが仕事では苦手な化学に関する事についても上手く話さなくてはならない。
自社の製品を使用してもらうためには、下手な話では顧客を納得させ理解させられない。
苦手を克服するために、自社製品の化学的な事柄について勉強をし、仕事を通じて人との接触を円滑に出来る様、上手く話す術を自分で作り上げた。

会社が作る製品は加工され、自動車、弱電、日用品、雑貨とあらゆる分野で使用される。
顧客の幅が広いので、それぞれの分野の知識も必要になる。
分野によっては取り扱う商品の規格があり、その知識を理解していないと話が通じない事もある。

私が仕事を始めた頃はプラスチックの勃興期で、既存の材料からプラスチックに切り替える商品が多かった。
顧客には安易なプラスチックのイメージがあって、既存の材料から切り替えるには、大量に生産できる事、価格メリットや軽量化できる事、どんな色にも色合わせができる事、装飾に為の塗装やメッキも可能な事を充分説明する必要があった。
そして切り替えから商品化するまで、顧客に対しては一から十まで手取り足取りでサービスして行った。
                              明日に続く                              
by mnnoblog | 2010-11-23 15:14 | 思い出

電車で席を譲られる

席を譲られる(Google imagesより)
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先週の同窓会の帰り、帰りの方向が一緒の仲間と電車に乗った。
ドア付近に立っていると、中学生位の男の子に「どうぞ」と席を譲られた。

私は1区間だけの乗車だったし、席を譲られる程、足元がおぼつか無い年寄りではないし、上図の様に杖をついている訳でもない。

また、同じ年の仲間もいると云う手前もあって、その男の子には「ありがとう。次の駅で降りるし、大丈夫だから」と言って、丁寧に断った。

恐らく、「どうぞ」と言われた時、私の顔は驚きと当惑が混じった表情をしていたに違いない。
その男の子は、頷いて元の席に座り直した。

中学生の頃の年齢では、60歳台も70歳台も同じお年寄りに見えるのだろう。
頭の毛が白く、薄くなっていれば、多少しゃんと立っていても、「お年寄りだ」と思って、親切な気持が出たのであろう。

しかし、私にとってはショックな事であった。

席を譲られる程、ヨロヨロしている訳でもない。吊革に掴まらなくても電車の揺れで倒れる事は無い。まだ元気であると云う自覚がある。

そういう自覚があるから、まさか席を譲られるとは思ってもいない。

でも、中学生から見たら、紛れもなく「お年寄り」なのだ。
「席を譲ってあげなくては」と思われる「お年寄り」にもうなってしまっているのだ。と嫌が上でも自覚させられた出来事でした。
by mnnoblog | 2010-11-22 10:05 | 独り言

同窓会

同窓会の店
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中学、高校の同窓会が大阪で行う案内があったので出席した。
関西地区中心の同窓会で毎年行っているが、私は久し振りに出掛ける事にした。

同窓会に出席してくる位の人は、皆元気である。
最初、顔や名前が思い出せなくても、話している内に「そうだった」と思い出す。

向こうが私を憶えてくれていても、こちらがなかなか思い出せなく、あれこれ思い出の糸を手繰り寄せて記憶が蘇ると、「やっと思い出してくれたか」と安堵した表情と共に「私ってそんなに印象薄かったのか」と云う顔をする。

申し訳ないが、50年前の事は思いだすのに時間がかかる。
あれこれ脈絡を付けないと思い出せない、そういう年でもある。

最後には皆和気あいあいとなるのは、共通の思いでがあるからだろう。
20名程の集まりであるが、来年も出席しようかと思っている。
by mnnoblog | 2010-11-20 18:22 | 日記

日本の米

魚沼産こしひかり
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先日、S社より50周年記念品と言う事で、魚沼産こしひかりを送って来た。
有り難い事である。

「コシヒカリ」の命名は新潟県で「越国」(こしのくに)に因み、「越の国に光り輝く米」という願いを込めて「コシヒカリ」と命名された。

(財)日本穀物検定協会による、「米の食味ランキング」において、16年連続の「特A」評価は「山形はえぬき」と「新潟魚沼コシヒカリ」の2産地2銘柄だけである。

11/14に開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)では「横浜ビジョン」が採択されたが、注目を集めたのはTPP(環太平洋経済連携協定)である。
管総理はTPPについて、「関係国との協議を開始する」と前向きな姿勢を示した。

TPPは加盟国間で取引される全品目について、原則関税100%撤廃する事が規定されている。
TPPと似た協定にFTP(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)があるが、TPPは加盟すると即時80%の品目が関税撤廃で、後の品目は10年後に関税撤廃する事が規定されているのに対して、FTPやEPAは貿易品目に対し10年後に関税撤廃する事とされている。

TPPに加盟した場合、「自動車」「電気電子」「機械産業」等の基幹産業へのプラス面と「農水産物産業」へのマイナス面がある。
特に、日本の米は外国産米と比べ価格が4倍高いと言われており、関税撤廃されると一番影響が大きい。
また、TPPに加盟すると外国人労働者の受け入れも対応しなくてはならなくなる。

明治維新のドラマに例えて、「鎖国」か「開国」かとこれから議論が沸騰する事であろう。
私は農薬が心配される外国産の米より、日本の信頼できる米を選びたいと思っている。
by mnnoblog | 2010-11-16 12:11 | 独り言

ヨット、 その2

「沈」したヨットを元に戻す(YAMAHAヨットスクール教本より)
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最初は教本を使っての講義だ。
それが終わると、初級クラスで乗る「ディンキー」と呼ばれる一人乗りのヨットに教師と一緒に乗って操舵の方法を教わる。
教師と二人で乗って、ヨットが滑り出すと、若い頃に感じた感覚が蘇って来る。
「これだ。これだったんだ」と思いながら乗っていた。

初級クラスの「ディンキー」は一枚帆の一人乗りで、船底は浅く、安定性の良いヨットでは無い。
風上に向けて操舵中に進路を変える「タッキング」はそれ程難しくなく直ぐに要領を覚えたが、風をまともに受ける風下方向で進路を変える「ジャイビング」では、セールの動かし方や移動のタイミングでヨットが引っくり返る事がある。
ヨット用語の「沈」である。

風が穏やかな時は難しくないが、風が強い時はタイミングが悪いと「沈」してしまう。
一度「沈」してしまうと、元に戻すのが大変である。
上図は二人で元に戻しているが、一人乗りは簡単ではない。

船底が上を向き、ヨットが180度引っくり返った時は、船底のセンターボードに手を掛け、船縁に足を掛けて、後ろ向きに倒しながらまず90度に引っくり返す。
セールが水を含んでいるのでなかなか引っくり返らない。

90度に引っくり返せば、あと90度返すのは、センターボードの上に乗って、船縁に手を掛け、急がず、足に力を掛けながら引っくり返す。
急いで力を掛け過ぎると、今度は引っくり返し過ぎて、反対方向へ「沈」してしまう。

元の状態に戻したら、ヨットの後ろから乗り込まなければならない。
横から乗るとまた引っくり返ってしまうからだ。
救命胴衣を付けているので、海からヨットへ乗り込むのも容易ではない。

「沈」したら、ヨットに乗り込むまで本当に大変で疲れました。
「若い時に習っておくべきだった」と思ったものです。

何とか初級を終えて、初級免許を貰いましたが、この「沈」を何度か体験するうちに、ヨットへの情熱が少し醒めてしまい、中級へ進む気が失われてしまいました。
ヨット操舵を一度は体験してみたいという望みは充分叶えられたと自分自身を納得させ、ヨットスクールを終えました。

あれから数十年経ちますが、良い体験だったと思ってます。
by mnnoblog | 2010-11-13 10:05 | 思い出

のほほんと---


by mnnoblog