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 (NHK NEWSweb の記事より)

10月1日から、医療事故の再発防止を目的に、事故の原因調査をすべての医療機関に義務づける「医療事故調査制度」が始まる。

医療事故調査制度では患者が死亡する医療事故が起きた場合、すべての医療機関に事故の原因調査と新たに設置された第三者機関への報告、それに遺族に調査結果を説明することが義務づけられます。

第三者機関は、医療機関の調査結果に納得できない遺族などからの依頼があれば、調査を行うことになります。

しかし、この制度を巡っては、調査の対象が「予期しなかった死亡事故」と規定され、調査を行うかどうかの判断が医療機関に委ねられているほか、調査結果を説明する際書面の提供を義務づけていないなど、遺族側から懸念が示されています。

NHKは先月、高度な医療を提供する全国84の特定機能病院を対象に、1日から始まる「医療事故調査制度」についてアンケート調査を行い、全体の68%にあたる57病院から回答を得ました。

アンケートの中で遺族への説明方法についてたずねたところ、「報告書を渡して説明する」と答えたのは31病院で全体の54%、「遺族が希望した場合のみ報告書を渡す」が20%(11病院)、「調査報告書は渡さず口頭でのみ説明する」は9%(5病院)でした。

制度への不安や負担に感じていることについて複数回答でたずねたところ、「調査時間やコストがかかる」と答えた病院が最も多く、全体の67%(38病院)、「人手不足」が58%(33病院)、「調査報告書の内容が訴訟や捜査に利用される懸念がある」と答えた病院も54%(31病院)ありました。

NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML」の山口育子理事長は「報告書をすべての遺族に渡す病院が半数程度なのは残念だ。遺族の信頼を得るためには、報告書を渡し説明することが不可欠で、医療機関が懸念するような裁判が増えることはないと思う」と話しています。
by mnnoblog | 2015-09-30 08:45
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 (日経テクノロジー、DIAMOND online、日経BP社の記事より)

「高品質」の代名詞とも言える日本メーカーの自動車。その大規模リコールが止まらない。
この10年の間で、日本製品の品質の低下をうかがわせる不祥事が、毎年起こっている。

日本メーカーの製品の品質に異変が生じているのではないか?──。

モノづくり経営研究所イマジン所長の日野三十四氏に聞く。

日本メーカーの品質は落ちているというよりも、「停滞している」という表現の方が正しいのではないでしょうか。
落ちてはいないけれども、高まってもいないという状態です。

日本メーカーの高品質を支えてきたTQC(統合的品質管理)や、TQCに欧米のマネジメント要素を取り込んだTQM(総合的品質管理)をやめてしまったからでしょう。

1990年代にTQCやTQMをやめてしまった歪みが、今、無視できない品質問題として現れてきたということでしょう。

1990年代、いわゆる「バブル景気」の崩壊により、日本メーカーは米国式の経営管理手法を積極的に導入しました。
MRP(資材所要量計画)やERP(統合業務パッケージ)、SCM(サプライチェーン・マネジメント)といったものです。

ところが、これらは主に財務管理を強化するためのもので、品質については後回しになってしまった。
そして結果的に、多くの日本メーカーはTQCやTQMをやめてしまったのです。

生産管理の専門家である慶應義塾大学ビジネス・スクール校長の河野宏和教授に聞く。

なぜこういう状況になったかを突き詰めていくと、結局は、経済状況が厳しい中で、コスト削減に舵を切りすぎた結果だと言える。

現場の技能を持った高齢者――2007年以降に団塊の世代が定年を迎え始めたこともあって、技能が伝承されていないという問題も大きい。

もう1点――背景には、コンピュータの進歩が「悪さ」をしていると思っている。

余りにコンピュータに依存し、信頼してしまうと、人間の判断能力が研ぎ澄まされないし、企業で言えば、部門間、個人間のコミュニケーションをすり減らしてしまう。

こういうことが、品質管理のような全社的な活動に、マイナスの影響を及ぼしていると思う。

品質のしっかりしている企業は、やはり現場を重視している。
人件費を削るということ以上に、このような厳しい時代でも、人材育成や技能の伝承に、時間とお金をかけている。

日経BP社は2009年12月25日、「日本製品の品質」に関して、製造業のエンジニア(技術者)を対象に調査した結果。

*日本製品の品質、「非常に低下していると感じる」と「どちらかというと低下していると感じる」の合計は47.8%。

*低下の理由は1~10位

1位「コスト削減のために開発費の抑制や生産設備の更新延期などが実施されている」。
2位「開発/設計のための人員が削減された」。
3位「熟練作業者が減って、作業者のスキルが低下している」。
4位「設計者のスキルが全体的に低下している」。
5位「開発期間が短縮されて、十分な検討時間が無くなっている」。
6位「製造のための人員が削減された」。
7位「コスト削減の一環で製造拠点が海外に移転し、現地の作業者の教育が難しい」。
8位「コスト削減のために、信頼性の低い部品や材料を使わざるを得なくなっている」。
9位「派遣社員の契約見直しにより、設計や生産面での技術やノウハウが失われた」。
10位「外注化が進み、品質管理が難しくなった」

今こそ、「現場のリーダーの力や現場の問題を見抜く力、見抜こうとする意欲のある経営者、管理者がどれくらいいるか」が問われていると思う。
by mnnoblog | 2015-09-29 08:38 | テクノロジー
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 (画像はNHK TV より)

9/25~9/27、米ジョージア州のイーストレイクGCで開催されたツアー選手権byコカ・コーラは、史上最少年で優勝したジョーダン・スピースであった。

22歳の彼は、「マスターズ」、「全米オープン」に勝ち、グランドスラム達成かと騒がれたが、「全英オープン」で敗れ、それは実現しなかったものの今季は大活躍で、今回の優勝により世界ランク1位に返り咲いた。

今大会は、2日目までヘンリック・ステンソンが初日から首位に立ち、このまま独走かと思わせたが、3日目ジョーダンスピースが追い上逆転し首位に立った。

最終日は首位をキープし、トータル△9で今季5勝目を獲得すると共に約12億円の優勝賞金を手に入れた

最終日、10位から発進した松山英樹は、トータルイーブンパーの12位対で終えた。
来季の活躍に期待したい。
by mnnoblog | 2015-09-28 09:41 | スポーツ
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 (EU MAG の記事より)

1986年に5代目三遊亭圓楽に入門、1992年に真打ちに昇進し、古典落語の名手として活動してきた三遊亭竜楽さん、2008年から「2カ月の準備期間で、世界中の国で現地語公演」というモットーを新たに掲げ、外国語での落語公演を精力的に続けている。

ヨーロッパでは、たとえ内容が理解できなくとも日本語の美しい響きが聞きたいという要望が多い。
そこでイタリアでは、日本語と現地語を併用するスタイルで「ちりとてちん」を演じると、これが、全てイタリア語で行う落語以上に大好評。

イタリア公演の後はフランス公演の依頼が舞い込んだ。

竜楽さんは、「よく笑うイタリア人が最初だったので、背中を押された感じです。イタリアとは国民性が全く異なるフランスでも成功したので、落語は世界中で受け入れられると確信するようになりました」。

演目を選ぶ条件は、世界中どこでも起こり得るストーリーであること。
翻訳は、公演の依頼者がやってくれるので心配ない。

外国語の習得方法は独特だ。翻訳が届くと、まずは全文をカタカナにして暗記してしまう。ひと通り覚えたら実際の音を聞き返して発音やイントネーションが本物に近くなるよう修正し、満足なレベルに達した段階で初めて意味を調べる。

竜楽さんは、目線、表情、しぐさで多くを語り、キーワードだけをシンプルに伝えて、観客の想像力を掻き立てる。この想像力が、文化の差を乗り越える。

ヨーロッパで演じる難しさは、ほとんど感じない。その理由は、ヨーロッパ人特有の精神風土にあるという。 「ヨーロッパは、笑いが個人主義。つまり自分が楽しければ笑います。

今春は中国語落語もマスター。来年は中国本土での公演も決まっている。

「社会がいくら便利になっても、人間を癒やすのは人間。ヨーロッパで公演するようになって、そんな落語の値打ちにあらためて気付きました。」という竜楽さん、現在の目標は、東京オリンピックを追い風にして、一人でも多くの人に落語の魅力を伝えることだと言う。
by mnnoblog | 2015-09-28 08:31
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 (ウィキペディアの記事より)

2014年のNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」の中に描かれた、「荒木村重」は、今の池田市で生まれ、織田信長に仕えたが、その後、信長を裏切り、信長軍の追跡から逃げ、毛利氏へ亡命し、信長亡き後、茶人となった稀有な戦国武将である。

1578年、織田信長の命により、三木城を攻略していた羽柴秀吉の副昇格であった「荒木村重」は、何故か突然、戦線を離脱して織田信長の命令に背き、居城の有岡城(伊丹城)に帰ってしまう。

「荒木村重」の謀反に驚いた織田信長は、明智光秀らを有岡城へ派遣し説得した。

また「荒木村重」側の高槻城主の高山右近からも説得され、「荒木村重」は織田信長のいる安土城へ向かったが、道中の茨木城で家臣より引き止められ、有岡城へ戻ってしまう。

その後、旧知の仲である黒田官兵衛が説得に単身有岡城へ行ったが、逆に捕えて牢獄に閉じ込めてしまう。

怒った信長は、まず、茨木城を攻略する一方、高槻城の高山右近を説得し信長の軍門に降った後、池田城に本陣を構え、有岡城を包囲した。

「荒木村重」は、毛利軍と石山本願寺軍からの増援を期待したが、増援軍は現れず、「荒木村重」は、毛利軍へ援軍を頼むべく単身で城から脱出し、嫡男村次がいる尼崎城(大物城)へ移った。

信長は「尼崎城と花隈城を明け渡せば、おのおのの妻子を助ける」という約束を、村重に代わって有岡城の城守をしていた荒木久左衛門ら荒木の家臣たちと取り交わした。

荒木久左衛門らは織田方への人質として妻子を有岡城に残し、尼崎城の村重を説得に行ったが、村重は受け入れず、窮した荒木久左衛門らは妻子を見捨てて出奔してしまった。

逃亡を知った織田軍は、有岡城に総攻撃を開始した。

城内の兵は総崩れとなり、「荒木一族は武道人にあらず」と織田信長は、「荒木村重」の妻を含め人質全員(670名)を処刑するように命じた。

その後、「荒木村重」は息子の村次と共に尼崎城を抜け出し、花隈城に移動するが、追撃してきた織田軍の池田恒興に破られ、毛利氏の元へ亡命し、尾道に隠遁した。

1582年、信長が本能寺の変で横死すると堺に戻りそこに居住する。
豊臣秀吉が覇権を握ってからは、大坂で茶人として復帰し、千利休の弟子となり、「利休十哲」のひとりに数えられるようになる。

しかし豊臣秀吉からの処刑を恐れて出家し、荒木道糞(どうふん)と名乗っていたが、秀吉は村重の過去の過ちを許し、「道薫」(どうくん)に改めさせた。

1586年、堺で死去。享年52歳。

息子の荒木村次は、豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いで参戦するが負傷する。
秀吉死後は、徳川家康に召抱えられるが、その最中に死去してしまう。

上部画像は、「太平記英雄伝廿七 荒儀摂津守村重」の中の、「荒木村重が餅を食らう」シーンを基に描いた絵図(歌川国芳画)である。

『太平記英雄伝』によると織田信長に拝謁した時に、荒木村重は「摂津国は13郡分国にて、城を構え兵士を集めており、それがしに切り取りを申し付ければ身命をとして鎮め申す」と言上した。

これに対して、信長は腰刀を抜き、その剣先を饅頭を盛っている皿に向けて饅頭3〜5個を突き刺し「食してみろ」と村重の目の前につき出した。

周りにいたものは青ざめてしまったが、村重は「ありがたくちょうだいします」と大きな口を開け剣先が貫いた饅頭を一口で食べ、それを見ていた信長は大きな声を上げて笑い、摂津を村重に任せたという、その時の絵図である。

村重の織田信長に対する謀反の理由は、諸説があって今でも定かではない。

※荒木村重が生まれた池田市は、私の住んでいる所からすぐ近くである事から、荒木村重について興味がありました。
by mnnoblog | 2015-09-27 08:10 | 歴史
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 (日経新聞、VISON 2020 の記事より)

米運輸省・高速道路交通安全局(NHTSA)の要請を受けて、日米欧の自動車大手10社は米国で、新車の全車種に自動衝突回避ブレーキを搭載する。

自動ブレーキは車の「目」の役割を担うカメラやレーザー、レーダーなどで車や歩行者の動きを監視し、衝突しそうになると自動で急ブレーキをかける仕組み。

米国ではタカタ問題やGMの欠陥放置問題を受けて車の安全性への関心が高まっている。
自動ブレーキを搭載すれば死傷事故が35%減るとの調査もある。

トヨタはすでに米国で販売する車の80%に自動ブレーキを採用しており、17年末までに「ほぼ全車種で採用する」としてきた。

一方EUでは、2015年11月から「すべての商用車の新車に自動緊急ブレーキを装備する義務」が決定している。

また、日本でも、2014年11月から、まずはトラックやバスといった大型商用車へのオートブレーキの搭載義務化がスタートしている。

こういった「衝突を未然に防ぐ」技術の進化は、今後、ますます加速していくことだろう。
クルマはもはや、「衝突をどう軽減するか」ではなく、「衝突をしない、させない」ことを前提につくられるべき時代に突入したのである。
by mnnoblog | 2015-09-26 08:19 | 産業
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 (毎日新聞、日経新聞の記事より)

米中は6月にワシントンで行われた第7回米中戦略・経済対話でサイバー空間での「行動規範」策定に向け協議することにしており、今月下旬に訪米する中国の習近平国家主席と、サイバー活動に関する基本原則で合意できるよう協議する意向を示した。

オバマ米大統領は11日、中国からのサイバー攻撃について「容認できないものがある」と批判。
オバマ政権は中国からの米企業や政府機関への攻撃を問題視しており、制裁対象になりうると見ている。

オバマ大統領は、今後のサイバー防衛体制の方向性について、ロシアや中国の能力向上が著しいと説明。
民間分野のデータ防護を強化する必要があると指摘した。

その上で「最終的な解決策の一つは、少なくとも国家間では、何を受け入れ、何を受け入れないかで合意を形成することだ」と訴えた。

「これまでも中国側には、受け入れられない行動があることを明示してきた」と述べ、「(サイバー)活動に関する原則的なルール」を作るよう呼びかけることも可能だと述べた。

米国では連邦職員などの個人情報を管理する人事管理局(OPM)がサイバー攻撃を受けたことを6月に公表。
約2200万人分の個人情報が盗まれたことが判明している。
クラッパー国家情報長官は中国が「主要な容疑者」だと述べている。

昨年5月には、中国人民解放軍の士官ら5人が米原発メーカーなどをハッキングし産業スパイ行為を行ったとして米国で起訴された。

一方日本においては、6月1日に日本年金機構がサイバー攻撃の被害を公表して以降、東京商工会議所や早稲田大などでも、サイバー攻撃で大量の個人情報が盗まれたことが発覚した。

一連の攻撃には、中国語に堪能な組織が関与したとみられる。

中国は長年、米国を標的にしたサイバー攻撃作戦を実行してきた。
米ファイア・アイ傘下のマンディアントは13年、中国人民解放軍のハッカー部隊「61398」について調査結果をまとめた。
部隊は米国で広く技術情報などを盗もうとしていたとみられる。

米国だけでなく、日本も確実にサイバー攻撃の標的となっている。
この状況を正しく理解し、一人ひとりが身を守る術をまとうことが重要となっている。
そうでなければ、日本全体の個人情報が、攻撃者の手に渡ってしまう。
by mnnoblog | 2015-09-25 08:21 | 国際
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 (Business Journal の記事より)

三菱自動車工業は7月27日、今年11月末をもって米国での自動車生産から撤退すると発表した。

12月以降、米生産子会社のミツビシ・モーターズ・ノース・アメリカ・インクがイリノイ州で行っている多目的スポーツ車(SUV)「アウトランダー・スポーツ」の生産は岡崎工場(愛知県岡崎市)へ移転する予定。

同日記者会見した相川哲郎社長は、米国での生産撤退について「工場を維持するだけの生産規模ではなく、経済合理性に適うものではないと判断した」と説明した。

イリノイ州工場ではピークの2000年に年間22万台を生産していたが、14年には6万9000台まで減少。

三菱自動車は08年に豪州生産から撤退、12年にはオランダ生産子会社を現地企業に売却し、欧州生産からも撤退していた。

その一方でタイに現地生産工場を建設し、インドネシアでも新工場建設を進めるなど東南アジアに積極的に投資し、選択と集中を進めている。

三菱自動車が誕生したのは、三菱重工業の自動車事業部門が分離独立した1970年のこと。
70年に米クライスラーと資本提携すると共に、三菱重工から独立して三菱自動車と三菱自動車販売の2社が誕生した。

三菱商事の強力な海外販売網を背景に、90年代前半まで順風満帆の成長を見せていた。
だが、96年に米イリノイ州工場で起きたセクハラ事件をきっかけに凋落の道をたどり始める。

97年になると総会屋への利益供与が発覚、2000年には長年秘匿していたリコール隠しが発覚、同社の社会的信用が一気に失墜、業績が急降下した。

それでも懲りずに続けていたリコール隠しが03年、04年と立て続けに再発覚し、この隠蔽体質はついに人身事故を引き起こして河添克彦社長(当時)が引責辞任に追い込まれ、河添社長ら元役員6人が逮捕される業務上過失致死傷事件に発展した。

その結果、当時筆頭株主だったダイムラー・クライスラー(98年に独ダイムラーベンツとクライスラーが合併)から資本提携を打ち切られ、05年に経営危機に陥った。

そして「倒産はもう時間の問題」と騒がれた瀬戸際に三菱グループが救済に乗り出し、三菱商事、東京三菱銀行、三菱重工の三菱グループ主力3社が総額6000億円の優先株を引き受けるかたちで経営を支援。
これで三菱自動車は窮地から脱出できた。

この時、三菱商事から再建請負人として送りこまれたのが、三菱商事自動車事業本部長を務めていた益子修社長(現会長)だった。

それからおよそ10年。益子氏は自社モデル数のスリム化を進める一方、タイをはじめとする東南アジアでの生産・販売を強化する事業構造改革断行で経営再建を軌道に乗せ、15年3月期は営業利益1359億円、純利益1182億円で過去最高益更新。

この「益子再生」で14年3月末に総額6000億円の優先株を処理し、15年3月決算では16年ぶりの復配も達成した。

三菱自動車再建請負の任を果たした益子氏は昨年6月、トップの座を相川社長に譲り、会長に退いた。

その相川氏は社長就任挨拶で「台数を追わず、利益重視の経営を追求する」と断言。さらに「プラグインハイブリッド車や電気自動車の次世代技術開発に経営資源を重点的に投入してこれら技術の進化を図る一方、その成果をSUVに横展開し、『三菱自動車らしい』と言われるクルマづくりに励む。

米国生産撤退で余力が生まれた経営資源を、これからの成長の場とするアジアでいかに生かしていくのか、相川新社長の経営手腕が注目される。

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4/21,現代ビジネス
三菱自動車は20日、同社製軽自動車4車種で燃費を実際よりもよく見せるためにデータを改ざんしていたと発表した。
テスト時にタイヤなどの抵抗の数値を意図的に不正に操作することで、実際の燃費よりも10~15%程度に上乗せしていたという。
同社の相川哲郎社長が国土交通省で記者会見し、謝罪した。

日産が次モデル開発に当たり、現行車種の燃費を測定したところ、国土交通省への届出の値とかい離があったため、日産側からの指摘を受け、三菱が社内調査したところデータ改ざんが発覚したという。

頼みの綱である三菱重工業と三菱商事も、造船事業や資源エネルギー事業の不振などによって、以前のように自動車を支援する余力はないと見られる。

三菱自動車は名門意識が強いからか、危機感に乏しく改革のスピードも遅く、トップ同士の不協和音や、生え抜き社員と専門性を買われて中途採用されたプロ社員との確執などが外部に漏れてきていた。

また、昨年は、適切な報告を怠ったため新車開発が遅れたとして社員2人を諭旨解雇したため、「開発遅れで懲戒処分とは異例」といった声も業界内では出ていた。
社内は暗く、いつもぎすぎすした雰囲気だったという。
一向に改善されないこうした組織風土も不正続発の遠因ではないか。


by mnnoblog | 2015-09-24 08:06 | 産業
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 (NewSphere、EU MAGの記事より)

2015年8月、名古屋市の小出保太郎さん112歳が、世界最高齢男性のギネス世界記録に認定された。

国際ラジオ局は、「世界最高齢の男性は、世界一の高齢化社会に暮らしている。日本人の驚くべき長寿は祝福すべきことだ。しかし、それは日本政府にとっては、大きな課題となっている」と報道。

また、カリフォルニア州のローカル紙も「日本の高齢化は西洋の未来の先駆けか」とする記事を掲載している。

日本の高齢化問題は、特に「明日は我が身」の欧米先進国で幅広い関心を集めているようだ。

65歳以上の人口が2010年に総人口の23%を占め、2050年には39.6%まで増加すると予測される日本。同じく65歳以上の人口が2010年に17.4%まで増加し、2060年には約30%になると予測される欧州連合(EU)。

こうした潮流は一部の先進国だけに見られるものではなく、今や多くの国が高齢化社会の到来を将来的課題として認識し始めている。

高齢者の比率が高まり、労働年齢層人口が低下すると、経済成長や生活水準を維持するための生産力が低下してゆく。

まだ十分に健康で働く意欲があるのに職がない高齢者層の雇用を確保することは、高齢者自身の収入になるだけではなく、経済的競争力を強化することにもつながる。

日本では、厚生年金支給開始年齢の段階的引き上げにともない、60歳定年以降の継続雇用が課題となっている。

高年齢者雇用安定法では、65歳未満の定年を定めている事業主に対し、(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年制の廃止――のいずれかの措置実施が義務付けられている。

EUでは、20~64歳の労働年齢層の就業率を2020年までに75%までに引き上げることを目指しているが、2010年時点で68.8%、2011年も上昇傾向にはない。

人口構造の変化は、定年後の所得補償にも影響を与えている。
日本では家計貯蓄率が減少しており、6割の高齢者世帯が年金収入だけで生活しているのが現状。

また、国民年金保険料の納付率は低下し続けており、2050年には1.33人の生産年齢層が1人の高齢者を支えることになると予測されており、いかに財源を確保するかも問題となっている。

消費税などの負担率が高いEU各国は、年金に関する財政基盤が日本に比べ健全な状況にあるが、ベビーブーマーが60歳代に到達し、60歳以上の人口が毎年200万人増加すると予測されており、やはり年金改革は重要課題のひとつだ。

欧州委員会がまとめた年金改革案では、高齢者の雇用を確保しながら公的年金の支給年齢を引き上げるとともに、企業年金を活用することで公的年金を補完することにある。

高齢化社会はマイナスの側面を持っているだけではない。

高齢者が活動的なライフスタイルを維持できるようにすることで、新たな市場が創出できる可能性があり、若年層や研究者、製造業、介護者などの雇用機会も創出すると期待されている。

高齢化社会を活性化させるには、高齢者の生活の質を保持しつつ、長期的な健康維持を可能にすることが求められ、政治、経済のみならず、医療、工学、社会科学などあらゆる分野でのアプローチが必要になる。

高齢者にとって「生きがい」を感じられるライフスタイルを見つけることも重要なテーマとなる。
引退後の人生は本人の意志に基づき、自発的に行われるものでなければならない。

どんな選択肢も可能にする社会の構築が重要である。
by mnnoblog | 2015-09-23 08:40 | 社会
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 (ホクト(株)、NEWSポストセブンの記事より)

ドーパミンは、神経伝達物質で「快感や多幸感を得る」、「意欲を作ったり感じたりする」、「運動調節に関連する」といった機能を担う脳内ホルモンの一つ。

ドーパミンは"生きる意欲を作るホルモン”とも言われている。

精神的ストレスを感じると、人はコルチゾルいうホルモンを分泌する。
これは脳内のあらゆるホルモンの活動を低化させると言われている。

当然、ストレスはドーパミンの分泌を低下させます。
しかし、快感を得てる時は、コルチゾルは分泌されません。

快感を得るホルモンの代表格がドーパミンで、ドーパミンを分泌させておけば、脳内のホルモンの低下を防ぐことになります。

プロゴルファーのタイガー・ウッズは、プロトーナメントで勝利する度に快感を得て、脳内のドーパミンが分泌され、人間の本能であるセックスにのめり込む事となり、セックス依存症になってしまった。

セックスでは、快感ホルモンのドーパミンと共に、エンドルフィンという脳内麻薬が分泌される。
エンドルフィンは、ストレスをやわらげる作用があり、勝ち続けなければというストレスから、一時的に解放され、よりセックスを求める様になったと想像される。

ウッズはセックス依存症と診断され、治療を受けたが、以前のように、大きな大会で勝てなくなってしまった。
快感ホルモンのドーパミンの分泌が原動力となっていたが、そのバランスを壊してしまったのだ。

一方、多くの研究から、10歳年をとる毎に平均10%程度のドーパミンニューロンが死んでゆく事がわかっている。
だいたい正常の20%ぐらいドーパミンニューロンが減ってしまうと、パーキンソン病の症状が出ると言われている。

つまり、年をとると誰でもパーキンソン病になる可能性があるという。

万事がスローで、物覚えが悪く、ちょっと前かがみになって歩き、転びやすく、震えが来たりするのはドーパミンが減少している事と無関係ではないと言われている。

快感や幸福感をつかさどるドーパミンを増やすには、「新しい刺激」、「はじめての感動」といったものが大変有効だと言われる。

マイナス思考より、プラス思考である方が、ドーパミンの分泌量は多いと言われる。

例えば、いつも同じ道を歩くのでなく、脇道にそれ、違った道を歩いて見る事でも、「新しい刺激」を得る事ができる。

また、好きな運動をする。楽しくスポーツをすることも幸福感が脳を刺激して、ドーパミンを一層分泌する事になるのです。

※私もドーパミンの分泌を促すよう、好きなゴルフを続け、パーキンソン病にならないようしたいと思ってます。
 
by mnnoblog | 2015-09-22 08:10 | 健康

のほほんと---


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