私のゆるゆる生活

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私の少年時代-2

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小学校は幼稚園よりずっと近かった。

木造の学校で、毎朝朝礼がある。

みんな校庭で整列して校長先生の訓示を聞き、ラジオ体操をしてから下駄箱へ靴を入れ素足で教室へ入る。


昼食は脱脂粉乳とパンの給食であった。

脱脂粉乳はまずかったが、私は嫌いではなかった。

お代わりをしていたぐらいである。


昼休みは長い廊下の端で本を読んだりしていた。

向かい側に座って本を読んでいる女生徒が眩しかった。

友達同士でふざけ合って廊下を走り回った生徒がいたが、必ず先生に叱られた。


校庭にはジャングルジムや鉄棒、5メートルほどの高さがある棒立てがあり、度々てっぺんまでよじ登った。

校庭の隅には土俵もあったと記憶している。

その当時、土俵のある学校が多かった。


授業が終わると掃除がある。

生徒みんなで、机を片付け、雑巾で床や机を教室を磨いた。

廊下は腰を屈めて走りながら拭いて行った。

廊下の掃除が大変だった。


学校へは運動靴を履いて通っていたが、普段は下駄を履いて遊んでいた。

良く鼻緒が切れた時、下駄の底に短い棒を鼻緒に巻いて修繕したものである。

下駄を履いて歩く時「カランコロン」となる音が好きだった。


遊びはビー玉かメンコか投げゴマが多かったが、缶蹴り、竹馬、凧揚げも良くやった。

メンコ遊びでは、ひっくり返されないようにメンコの端を折り曲げて隙間ができないよう工夫した。

竹馬も、足を乗せる板がズレ落ちないように、縄帯で縛る工夫をした。

凧揚げでは、凧を引っ張る糸のバランス、尾の長さを考えできるだけ高く揚がる工夫をした。


春になると近くの小川や池に行って、鮒やドジョウを採りに行った。

夏はトンボやセミを採りに行った。

採る道具は棒の先にとりもちを付けた物だったが、捕るのは難しかった。

虫網で捕るほうがやさしかったが、敢えて難しい方で捕る方を選んだ。


トンボ採りはオニヤンマ捕りを目指したが、なかなか捕れなかった。

蝉はクマゼミが目標であった。アブラゼミはいつでも捕れた。

夕方になると小川の側で赤とんぼが群れを成して飛んでいたのを覚えている。


夜になると夜空は星が無数に輝いていて、天の川が良く見えた。

また、蛍も飛んでいて、数匹捕まえて、蚊帳の中に入れて楽しんだ。

蚊帳の中の青い光がはかなく素敵に思えた。


私が少年だった頃は必ず見れた天の川も蛍も今は見る事ができない。


蚊帳の中に入る時は蚊が入らないように蚊帳の裾をバタバタさせながら入ったものである。

私は朝起きると蚊帳を畳むのが好きで、綺麗に畳んでいた記憶がある。


by mnnoblog | 2018-06-05 08:28 | 思い出

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