私のゆるゆる生活

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私の少年時代-4

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小学生の頃、朝鮮戦争が始まったが、小さい頃の私にはラジオから聞こえる花菱アチャコや横山エンタツの漫才を楽しんでいた。

大笑いして聞いていたのを覚えている。


町には映画館が23軒あり、父と一緒に良く観に行った。

その中にジョン・ウェインの「黄色いリボン」があった。

父が映画の主題曲を時々口ずさんでいた。


学校からも教育の一環として学級全員で映画を見に行った事がある。

覚えているのは、小豆島を舞台にした「二十四の瞳」や主題曲が有名な「禁じられた遊び」等を観に行った。


町の電気屋さんでTVを見せる所があった。

時々見に行ったが、背の高い大人が中心を占め、子供は見る事ができなかった。


TVが我が家にやってきたのはそれから数年後の事であった。

「君の名は」が放映されていて、近所のおばさんたちも一緒に見に来ていた。

高価な品物だった所為かブラウン管の前には化粧鏡と同じく前垂れが付いていた。


社宅の外れに小さい運搬用の列車が走る線路があった。

線路に耳を押し付けて列車が走る「ガッタンゴットン」と言う音を聞くのが好きだった。

線路内には入れないように柵は設けてあったが、子供ならやすやすと入れた。


小学校の裏は小高い山があって、放課後になると友達と一緒に山を登って社宅を見下ろすのが好きだった。

草が生い茂った場所を見つけて穴倉を作り”秘密基地”にしたりしていた。


山の上には高射砲を設置した跡が残っていて、その穴の中に入るのが少し怖かった。


小学生の高学年になると自転車を買ってもらったが、それまでは子供用の自転車がなく、大人の自転車で三角乗りをして遊んでいた。

三角乗りはバランスをとるのが難しく、それでも器用に乗りこなしていた。


by mnnoblog | 2018-06-07 08:41 | 思い出

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