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マチュピチュ村が友好都市協定を結んだのは福島県の大玉村

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世界の各都市から友好都市協定の申し込みが殺到していた南米ペルーのマチュピチュ村。

そのマチュピチュ村が、平成27年に友好都市協定を結んだのは福島県の大玉村だった。

何故、福島県の大玉村だったのか?

それは、大玉村出身だった野内与吉さんとマチュピチュ村との深い繋がりがあったからである。

野内与吉さんは、明治28年大玉村で生まれた。
21歳の時、海外で成功したいという思いから、日本が最初に中南米と外交関係を結んだペルーに渡った。

ペルーの国営鉄道で働き、昭和4年頃、マチュピチュで暮らし始めた。
川から水を引いて畑を耕したり、水力発電で電気をもたらしたり、温泉を発見したりした。

昭和10年頃、木造建築のホテルを作り、郵便局や交番などの部屋を無償で貸し出したりしていく内に、この建物が町の中心となって発展して行き、昭和16年にマチュピチュ村が誕生した。

昭和23年、マチュピチュ村が川の氾濫で土砂災害に見舞われた時、日本人でありながらマチュピチュ村の村長に任命され、復興に力を注ぎ村の発展に尽力された。

マチュピチュ村が大玉村と友好都市協定を結ぶに当たり、マチュピチュ村のガヨーソ村長は「およそ100年前にマチュピチュ村の村長となった野内与吉さんの故郷である大玉村と深い絆を築いたからです」と話していた。

by mnnoblog | 2018-07-11 08:40 | 気になる事柄

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