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初めてのヨーロッパ旅行(その2)

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翌日は西ベルリンへ。

この日は日曜日だったので、東ベルリンにあるペルガモン博物館を見学。

ペルガモンはトルコの古代都市の遺跡である。

大理石で作られた大祭壇は見事であった。


当時東ベルリンへ入るには、ベルリンの壁を通過しなくてはならない。

ベルリンの壁を越えようとして殺された人の十字架が壁の近くに設置されていた。


東ベルリンへの国境検問所であるチェックポイント・チャーリーでは、検問員がバスの中に入ってきて乗員を検査し、外の監視塔からは銃を構えた監視員がいて、通過する間は目を伏せておくようにと言われ、東西冷戦の厳しさを垣間見た思いだった。


東ベルリンに入ると西ベルリンとは打って変わって人通りは少ないし、入るとすぐ目に留まったのは、戦車であった。


町の様子は裏さびれた感じで、走っている自動車もトラバントという名のお粗末な車であった。


私はベルリンのシンボルとされているブランデンブルグ門を東ベルリンと西ベルリンから眺めたが、私たちを案内したベルリン在中の日本人は”私の世代ではベルリンの壁はなくならないだろう!“と力説していた。


しかし、3年後の1989年の秋にベルリンの壁は崩壊した。

私は1992年に再びベルリンを訪問する機会があったが、西ベルリンからブランデンブルグ門を通って旧東ベルリンへ歩いた時、ベルリン在中の日本人の言葉を思い出し、歴史はいつかは変わるんだと言う思いを強くした。


西ベルリンでは、フォード社の部品工場を見学後フランクフルトへ。

その夜、行動を共にする5名で市電に乗り、フランクフルトソーセージを食べに行った。

ホテルへ戻る時、酒を飲み過ぎた所為か、市電乗り場で少しまごついたが、無事にホテルへ戻れることができた。


フランクフルトでは自動車部品会社訪問後デュッセルドルフへ。

専用バスでアウトバーンを通行、スピードを出して走っている車が多かった。


翌日の午前中、デュッセルドルフにあるフォード社のアッセンブリー工場訪問後、ライン川を渡ってブリュッセルへ。

ブリュッセルでは、GEのプラスチック社を訪問することになっていたが、私はプラスチック関係の仕事をしていたため私だけ訪問を断られ、その日は自由行動日となった。


一人で行動するのに不安はあったが、のんびりと散策することとした。

ホテルを出て、グランプラス広場へ、大きな広場を囲んで中世風の建物が目に入る。

ブリュッセル一番の繁華街とあって人通りが多かった。


そこから歩いて有名な小便小僧へ、像は思ったほど小さかった。

ゴシック建築の市庁舎を通り、プチ・サブロン広場へ。

沢山の像が建ってあり落ち着いた場所だった。


次に向かったのはヴェルサイユ宮殿風の王宮へ、王宮前の広場を散策し、グランプラス広場近くのイロ・サクレ地区へ。

いくつもの狭い路地にレストランがひしめいており、レストランの外のテーブルではムール貝を食していた。

食べてみたいと思ったが、ムール貝を食べたこともなく、一人で食する勇気がなかったのは残念であった。


地図を片手に、土産物を買ったりしながらブリュッセル市内を見学したが、道に迷う事もなくホテルに戻れた。


ブリュッセルからロンドンへ。

トラファルガー広場の近くのホテルだったので、仲間34人で夜はそぞろ歩きをした。


翌日は午前中ロンドン市内見物。

ロンドン塔、タワーブリッジ、ビッグベン、バッキンガム宮殿を見学後帰路へ、15日間のヨーロッパ旅行を終える。


今から32年前のヨーロッパ旅行であったが、特にベルリンの訪問は思い出深い旅となっている。


by mnnoblog | 2018-07-28 08:44 | 思い出