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私のゆるゆる生活

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2018年 08月 31日 ( 1 )

下宿生活

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昭和38年~42年の大学4年間は下宿生活だった。
私は大学の近くの6畳一間の下宿屋で過ごした。

下宿屋は1軒の大きな家で、2階の3部屋を大学生向けに下宿させていた。
各部屋にはトイレやお風呂はなく、トイレと洗面は共同、お風呂は近くの銭湯に行っていた。
食事は外食で、朝食を除いて、昼食と夜食は大学の食堂で食べていた。

家の玄関を開けるとすぐ右に2階への階段があって、上がったすぐの所が私の部屋だった。

ふすまを開けた6畳一間の部屋には、勉強机と本棚と小さな整理ダンスと小さなコタツを置いていた。
畳敷きだから、布団は部屋の隅に畳んでいた。

勿論その当時、TVはなく、ラジオを鳴らしていた。
確か、下宿代は6千円+光熱費だった。

今では大学生の下宿といえば、一部屋にトイレや洗面、お風呂も完備しているのが普通であろう。
私の時代では大学生がそんな部屋に下宿している人はいなかった。

大学の良い寮でも2~4人部屋で食堂はあるが、トイレ、洗面、お風呂は共同であった。

大学へは殆ど毎日通っていた。
工学部だったので講義もあり実験が多かったためである。

休みの日は、同じ下宿仲間と近くの麻雀屋さんで遊んでいた。
時には徹夜で麻雀した事もあった。
また、ビリヤード屋もあってそこでビリヤードを覚えた。

当時、社交ダンスが流行っていてダンス教室に通ったことがある。
ワルツからルンバまで教わった。

年に1~2回、女子大とのコンパがあって、ダンスは学科の科目よりも必須科目であった。

ダンスコンペには行ったが、好きになれる子はいなかった。
私はというと下宿生活でダサイ恰好をしていたからだったろう。

当時私は遠い親戚の子と文通していた。
遠距離恋愛という程のものではなかったが、卒業したらちゃんとしたお付き合いをしたいと思っていた。

大学を卒業してからは、4年間住んでいた下宿屋へ訪れたことはない。
下宿屋の家族とも4年間殆ど接触がなく、挨拶する程度だった。
その分、私としては気楽な下宿生活だった。
玄関を開け、階段を登れば、すぐ目の前が私の部屋だった。

by mnnoblog | 2018-08-31 08:40 | 思い出