私のゆるゆる生活

mnnoblog.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:社会( 161 )

d0187477_11510353.jpg
(DIAMOND online の画像と記事より)

現在、65歳以上の国民が高齢者と呼ばれているが、65〜74歳の「前期高齢者」と、75歳以上の「後期高齢者」に分類されている。
寿命が長くなっているのはいいことなのだが、後期高齢者の数が前期高齢者の数を上回る状況が目前に迫っている。

総務省の人口推計によると、2月1日時点で、前期高齢者が1766万人、後期高齢者が1764万人であり、後者が前者を上回るのは3月か、あるいは4月かという“時間の問題”になっている。
後期高齢者が、高齢者の多数を占める状況を「重老齢社会」と呼ぶ向きもある。

近年、わが国では「人生100年時代」が流行語となっているが、寿命とともに、健康で他人の助けを借りずに過ごすことができる「健康寿命」も延びており、端的に言って、人が活発に活動できる時間が延びている。

しかし、高齢化が急速に進む中で、わが国の制度や慣行は、必ずしもこれに追いついていないように思われる。

国民の寿命が延びて、同時に元気で活動できる健康寿命も延びていることを思うと、第一に行うべきことは、「定年」という慣行を廃止することだろう。
もともと「定年」という決めごとは、個人の能力差を無視した、年齢による不当な「差別」の一つだ。

一方この制度には、組織にとって、人的な新陳代謝を手間を掛けずに自動的に行う効果があった。
わが国の法制上、一方的な解雇が難しい正社員に対しても、社員が一定の年齢になるとこれを理由に退職させることができるので、雇い主にとって、解雇にかかわる手間が必要ない点が便利だった。

しかし、「定年までは勤められるが、定年で解雇される」と分かっていると、定年が近い社員や公務員は、安心して勤められる一方で、生産性を上げるモチベーションが乏しくなる。
他方、相対的に高齢であっても、能力や意欲の高い組織人もいるのであり、彼らを形式的に定年で解雇したり、役職を奪って収入を大幅に下げたりすることは、彼らの能力発揮を阻害する。

「重老齢社会」にあっては、まだまだ元気な「軽老齢層」(65歳から74歳)を能力と意欲に応じて柔軟に活用することが重要であり、同時に、人材の流動化を進めることが望ましい。
人口構成が高齢化する社会にあっては、年金制度を人口構成に合わせて調整しなければならない。

国民年金、厚生年金については、支給開始年齢を引き上げることが適切だが、引き上げには相応の時間を要する。
これとは別に、確定拠出年金の拠出可能年齢を70歳程度まで引き上げることが急務だろう。
通称「iDeCo」こと個人型の確定拠出年金は、一昨年から加入可能な対象者が公務員や主婦を含むなど大きく拡大されたが、高齢者の労働参加が望まれるわが国にあって、60歳以降拠出ができないことは、重大な制度的な欠陥と言って構わないレベルの問題だ。

また、高齢者に限らずだが、社会人が自分の知識やスキルを再強化するために、大学等の学校教育を利用できるようにする必要もある。
人は、加齢によって、体力だけでなく認知能力や判断力も落ちる。このことによって、法律、経済、医療、社会活動などに、さまざまな問題や特有の現象が起こる。
「人生100年時代」にあっては、社会人が高齢になっても、自分の必要に応じて教育機会を持てることが望ましい。

by mnnoblog | 2018-04-08 08:50 | 社会
d0187477_11520236.jpg
  (citrus の画像と記事より)

とあるキリスト教系の学校の卒業式。外国人の校長先生は生徒にこう言いました。
「私はみんなにさようならは言いません。なぜならば、意味がわからないからです。
英語のグッバイはGood By(Good Bye)。これはもとをただせばGod By。
つまり、あなたのそばにいつも神様がいらっしゃるという意味です。
日本語のさようならの意味、誰に聞いても教えてくれません、どなたかわかる人はいませんか?」

さて、みなさんはこう聞かれて答えられますか?

このいきさつと答えは『日本のこころの教育』(境野勝悟著、致知出版社)にある。概略はこうだ。

昔は太陽のことを「今日様」とよんでいた。
「こんにちは」と言うあいさつは、「やあ、太陽さん」という呼びかけだった。
「元気ですか?」とは、元の気という意味で太陽のエネルギーをさす。
「こんにちは、元気ですか?」とは、「今日も太陽さんと一緒に明るく元気に生きていますか?」という確認の挨拶なのである。

そして、これを受けて、「はい、元気です」「はい、太陽さんと一緒に元気に生きていますよ」と応答する。

そしてその返事として、「さようならば、ごきげんよう」。
つまり、「そうですか、太陽さんと一緒に生活しているならばご気分がよろしいでしょう」ということだ。

「こんにちは、お元気ですか?」
「はい、おかげさまで元気です」
「さようなら、ごきげんよう」

これが日本人のあいさつの基本なのである。

江戸時代までは、きっちりと「さらば、ごきげんよろしう」とか「さようなら、ごきげんよう」といっていたが、明治時代になると男性は「さようなら」と言い、女性が「ごきげんよう」と掛け合うようになる。
昭和になると女性もほとんど「ごきげんよう」を言わず、「さようなら」だけを言うようになった。

ごきげんようがなくなって久しく、今の日本人はさようならの意味が分からなくなってしまったのだ。

さようならの意味。日本人なら覚えておきたいことだ。

by mnnoblog | 2018-04-01 08:51 | 社会
d0187477_12160393.jpg
  (NHK NEWS WEBの記事より)

去年、死亡事故を起こした75歳以上のドライバーのうち、半数近くが運転免許証の更新の際に受ける認知機能検査で「認知症のおそれ」または「認知機能低下のおそれ」と判定されていたことがわかりました。

また、原因別では、「ブレーキとアクセルの踏み間違い」の占める割合が75歳未満のドライバーの死亡事故に占める割合の7.7倍に上りました。

小此木国家公安委員長は15日の会見で、「死亡事故に認知機能の低下が影響していることがうかがわれた。
自分の親や祖父母の運転が危ないと感じたら、家族が免許証の自主返納を促すことも考えてほしい」と述べました。

by mnnoblog | 2018-03-17 08:15 | 社会
d0187477_15295664.jpg
  (日経新聞の画像と記事より)

中国では春節(旧正月)が近づくと、顔認証メガネをかけた警察官が目につくようになる。
この眼鏡をかければ、身元をすぐに確認し、祝賀行事などで犯罪を取り締まることができるからだ。

中国では既に身分証明証を使わない本人確認が浸透している。
中国の電子商取引大手アリババ集団関連会社のアント・フィナンシャルが始めた「スマイル・トゥー・ペイ」では、カメラに自分の笑顔を映して電子決済の認証を受ける。
中国では顔認証により、IDカードを使わなくても簡単に学生が大学の講堂に入ったり、旅行者が飛行機に搭乗したり、社員がオフィスに入ったりできる。

中国公安部は2015年、顔認証システムと監視カメラを使って「いつでもどこでも、完全にインターネットに接続し、完全にコントロールされた」ネットワークの実現を目指す方針を明らかにした。

これを受けて、中国の民間企業や顔認証分野のスタートアップは不正行為や犯罪行為を監視するために、政府と積極的に手を組んでいる。

精度の高い顔認証アルゴリズムにはディープラーニングが使われているため、このシステムを学習させる大量のデータが必要になる。

中国は17年、13億人の国民を数秒で特定できる巨大な顔認証データベースを構築した。
90%の精度を達成するのが目標だ。

この巨大なデータベースや、国が多くの企業と手を組んでいるといった理由から、セキュリティー機器市場に占める中国の割合は一段と高まっている。

顔認証は中国の犯罪対策で効果を上げ、治安維持に貢献しているが、限界も多くある。
その一例は人権問題だ。
中国政府がこの情報を使って異議申立人や人権活動家を「取り締まる」のではないかとも懸念されている。

さらに、顔認証に頼りすぎるとデータがハッキングされてデリケートな情報が漏えいし、セキュリティーやプライバシーが侵害される事態を招く恐れがある。
顔の検出が少しでも不正確なら、誤認逮捕にもつながりかねない。

中国の顔認証への依存に対するもう一つの懸念は、この技術によって差別が生じる可能性だ。
香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは最近、顔認証を導入している一部のレストランが、機械がランク付けした顧客の外見に基づいて食事代を割引したと報じた。

顔認証は明らかに中国のビジネス手法や犯罪対策を変えつつある。
しかし、研究者らはマイナスの影響を最小限にとどめ、プラスの効果を最大化するために、100%の正確さを目指して努力し続けなくてはならない。

by mnnoblog | 2018-03-14 08:29 | 社会
d0187477_10440585.gif
  (日経新聞の記事より)

日本では戦前の不況で人員を抑制するため、労働者が一定の年齢に達すると雇用関係が終了する定年制が普及したとされる。

戦後は年金支給開始年齢の引き上げに合わせるように定年が設けられてきた。
定年の年齢は55歳が主流だったが、1986年に施行された高年齢者雇用安定法で60歳定年が努力義務となると、定年を60歳に引き上げる企業が相次いだ。

2013年に施行された改正高年齢者雇用安定法では、60歳の定年後も希望者全員を雇用することを企業に義務づけた。
企業は25年度には65歳まで雇用しなければならない。
厚生年金の受給開始年齢が引き上げられるためだ。

ただ定年を廃止・延長する企業は少なく、約8割は従来の定年制を残し、契約や嘱託などの形で働き続ける継続雇用制度を採用している。

独立行政法人労働政策研究・研修機構によると、米国では航空機の操縦士など特定の業務や一定額以上の年金を受け取れる者を除いて定年が禁止されている。
定年は年齢差別だとの考え方が強いためだ。

英国も11年に定年制が廃止された。
ドイツやフランスでは年金の支給開始年齢を考慮し定年が認められており、フランスは原則、70歳以上としている。

総務省によると、17年の労働力人口は6720万人と16年比47万人増えた一方で、25~44歳は2664万人と同43万人減った。
少子化で若者層の労働力確保が難しくなり、人手不足も深刻化している。
経験豊富なシニアを定年延長などで確保する企業が増えそうだ。

明治安田生命保険は2019年4月からの定年延長に伴い、60歳以上の給与水準を60歳前の7~8割程度に維持する。
ホンダも60歳以上の給与を59歳時点の半分から約8割に引き上げた。
東急不動産ホールディングスグループの東急コミュニティーは1月、定年延長の対象者を拡大、「人材流出を防ぐためにも給与改善を決めた」(人事部)。

by mnnoblog | 2018-03-01 08:43 | 社会
d0187477_13054604.jpg
  (日経新聞の画像と記事より)

日本の教育現場が「生徒や学生が考える教育」を模索するなか、学生や子どもたちにスウェーデン流の学び術が注目されている。
大切にしているのは対話を通じ、じっくり考え抜く体験だ。

明治大学国際日本学部3年の桝尾駿人さんは、初めての留学先としてスウェーデンを選んだ。

英語で行われる授業では、明大での英語カリキュラムの成果もあり語学面での苦労は感じなかったものの「面食らったのは、ディスカッションがメインの授業ばかりなのに、自分がいかに意見がなく歴史などの知識も備わっていないかを痛感したこと」だった。

例えば「トランプ政権が世界に与える影響」を取り上げる授業では、まず学生どうしで意見を述べあい、教師が講義。
改めて意見交換し教師からのフィードバックを受ける。
自分の考えがなければ先に進まない。
「自分の意見を他人にきちんと伝えられるという能力がいかに大事かを学んだ」

スウェーデンの教育エッセンスを日本でも体験できる場がある。
東京都港区にある東京インターナショナルスクールの場を借り週に1回、スウェーデンの教員資格をもった教師らによる補講が行われている。

生徒は、スウェーデンの義務教育期間にあたる7歳から15歳までを中心にスウェーデン人の親を持つ子弟や滞在経験のある日本人の子どもらだ。

授業では、教師が話している最中でも生徒が随時手を挙げ「そこの意味がわかりません」などと質問する(もちろんスウェーデン語で)。
「常に生徒が中心なんです」と主任教師のトビアス・アンダーソンさん。
スウェーデンでの教師の役割は「生徒の興味や関心を引き出し、生徒にとって何が必要かを考えるガイダンス役」だと説明する。

約2時間と時間が限られた補講では、世界やスウェーデンで起こったニュースを取り上げるなどして「自分の意見をまとめたり、批判的な思考などを養うようにしている」そうだ。

普段は日本の公立中学校に通うヨハンソン・フィリッパさん(13)は補講に7年間通い「自分と違う意見の相手と話すことは大変だけど、伝わったときは楽しい」ことを知った。

一方、グロンボーグ茸之進くん(10)は「日本の授業はきびきびしていて知識が効率よく学べる」と感じている。

「確かにスウェーデンでは生徒の自由度が高まりすぎている面もある。教師は生徒に知っておいてほしい知識などに対して、生徒がいかに学びたい気になるかに苦心している」と、年長の生徒を担当するセバスチャン・ラグバーグさんは指摘する。
「スウェーデンと日本の教育を足して二で割るとちょうどいいかもしれない」

「でも、教師は定められた教科書に頼って授業をしていてはだめだ。そんな教師は、スウェーデンでは新人か怠け者だけ」とアンダーソンさんは付け加えた。

by mnnoblog | 2018-02-24 08:05 | 社会
d0187477_12554103.png
  (NEWSWEEK の記事より)

カネが世界を動かし、選挙の流れを決め、権力の担い手を決めている。
アメリカをはじめとする先進国で進行する富の集中は、社会と民主主義の安定をじわじわと危険にさらしている。
富の集中は温暖化と並んで、現在の世界を崩壊させる恐れがある最も深刻な長期的問題だ。

今のように国家の富がひと握りのエリートに集中しているのは、第一次大戦直後や19世紀後半以来のことだ。
この流れは加速しているから、いずれ富の集中レベルはアメリカの歴史上で最悪になるだろう。

富の集中が、グローバル化というもっと目に見える変化と組み合わさると、ポピュリズムが高まり、民主主義は衰退する。
ますます限られたエリートに権力が集中して、大衆はブレグジット(イギリスのEU離脱)のような自滅的選択をし、まともに本も読めないドナルド・トランプ米大統領のような権威主義的デマゴーグを選び、民主主義は直接脅かされる。

このことはデータにはっきり表れている。
アメリカでは所得トップ1%の世帯が国家の富のほぼ40%を握っており、下位90%の世帯は富の約23%を占めるにすぎない。

フランスの経済学者トマ・ピケティが、ベストセラーとなった著書『21世紀の資本』で指摘したように、
「資本は自己増殖する。ひとたびその仕組みが確立されると、自己増殖のスピードは、生産によって(国民の所得が)蓄積されるスピードを超える。過去が未来を貪り食うのだ」。

富の集中は、市場経済を採用する先進民主主義国に共通するものだ。
ただしアメリカが世界で覇権的地位を築いて以来、社会・政治・経済のあらゆる分野で、アメリカで起きたことは約15年後に世界各地で顕在化する。

市場経済では、富の集中は自然発生的な現象だ。
投下資本に対する利益は、時間がたつとともに所得を上回る。
だから労働者がどんなに懸命に働いても、あるいはどんなに賃金が上昇しても、投資家の富が国富に占める割合は高まる。

その潮流は金持ちにとっては急速なもので、彼らは大海を手に入れられる。
一方、金持ち以外は、自分が乗ったボートが沈まないように必死でこぎ続けなければならない。

富の集中が民主主義に緊張をもたらしていることは、アメリカと世界の市場経済民主主義国ではっきり見て取ることができる。

格差の拡大は、社会の緊張も高めている。
富の集中の進行と、適度に規制された市場経済の衰退は、豊かで平和な民主主義の存続を脅かす。

富の格差が拡大すると(実現済み)、社会の緊張が高まり(実現済み)、これまでにないほど民主主義が緊張にさらされる(実現済み)。
その次は、為政者のクビが飛ぶ。



by mnnoblog | 2018-02-10 08:55 | 社会
d0187477_13061642.jpg
  (DIAMOND online の画像と記事より)

景気は着実に回復・拡大を続けている。
1月の月例経済報告は「景気は、緩やかに回復している」として基調判断を前月から引き上げているし、政府経済見通しも「消費や設備投資など民需を中心とした景気回復が見込まれる」としている。

新年を迎え、民間の各社が公表した経済見通しも、総じて明るいものが多かった。
こうした状況を反映して、雇用情勢も絶好調である。
失業率は、これ以上、下がるのは難しいとい思われる水準にまで低下しており、有効求人倍率はバブル期を上回り、高度成長期に迫る水準となっている。

しかし、雇用情勢の絶好調は、単に景気好調によるものではなく、底流にある「長期的な少子高齢化による労働力不足が、景気回復で表面化したもの」と捉えるべきだ。

日本人は、勤勉で倹約家である。高度成長期の日本人は、懸命に働いて大量に物を作り、倹約に努めて少量の消費で我慢したから、企業が工場建設のための資材を調達することができたし、人々が貯蓄に励んで銀行に預金したから、企業は銀行から設備投資資金を借りることができたのだ。

しかし、高度成長が終わりバブルが崩壊、企業が設備投資をする必要がなくなると、こうした勤勉と倹約が日本経済の弱点となった。
人々が勤勉に働いて大量の物を作っても、倹約して少量しか買わなければ、作られたものは売れ残る。
そこで、売れ残ったものを輸出すると、輸出企業が持ち帰ったドルを売るのでドル安円高になり、輸出は無限には増やせない。

そこで企業は生産を減らし、雇用を減らした結果、失業が増えた。
そうした失業者を雇ったのが政府の公共投資であり、そのための費用が莫大な財政赤字となったのである。

少子高齢化によって、労働力となる若者が減り、引退する高齢者が増えると、労働力不足となる。
その結果、バブル崩壊後の長期不振時代の最大の問題であった失業問題が、自然に解決してしまったのだ。
高齢により引退する労働者が、「自発的かつ永遠に」失業を引き受けてくれたからである。

失業者が減ったことにより、今まで就業をあきらめていた高齢者や、子育て中の女性なども仕事が見つかるようになった。
また、いわゆる「ワーキングプア」と呼ばれる人たちの生活も、マシになった。

労働力不足によって非正規労働者の時給も上昇しつつあり、雇用も安定してきた。
現在の職場が雇ってくれなくても、すぐに次の仕事が見つかる。
失業者やワーキングプアといった、恵まれない人々の状況が改善するのは素晴らしいことだ。

一方で、労働力不足により、ブラック企業も存続が難しくなりつつある。
「辞めたら失業者だよ」という、経営者の脅しによって辞めることを思い留まっていた人たちが、辞めても次の仕事がすぐ見つかるようになったからだ。
これもまた、素晴らしいことだ。

日本企業は、生産性が低いと言われる。
生産性の測り方にも問題があるとは思うが、その話は別として、生産性が上昇していないことは間違いない。
その一因は、ゼロ成長によって企業が新規の設備投資をしていないため、最新の生産技術が生産現場で使われていないからだ。

もう一つの原因は、日本企業に「省力化投資」のインセンティブが小さかったことだ。
例えば、安い労働力が容易に入手できるなら、飲食店は自動食器洗い機を買わず、学生アルバイトに皿を洗わせるだろう。
だが、労働力不足になると、飲食店が自動食器洗い機を買うようになる。
そうした流れが加速すれば、単に労働力を機械に置き換えるのみならず、最新の皿洗い技術が広く使われるようになる。

日本企業がこうした省力化投資に不熱心だったこともあり、日本経済には「少額の投資で大幅に労働生産性を高める余地」は大きい。
今のような状況が続けば、そうした投資が今後一斉に行われるはずで、そうなれば日本経済の生産性は大幅に向上するだろう。

このように、労働力が増えなくても労働生産性が上がれば、経済成長は十分に可能だ。
少子高齢化による労働力不足で日本経済の成長は見込めない、と言われているが、そうとは限らないのである。

また、財務省が必死に財政再建を目指しているのに、財政赤字がなかなか減らない一因は、増税が難しいからだ。
政治的に不人気なこともあるが、増税をすると景気が悪化してしまうことが大きい。
景気は、税収という"金の卵"を産む鶏なので、景気が悪化すれば増税が逆効果となってしまいかねない。

しかし、労働力不足が本格化し、増税をしても失業が増えない時代になれば、「気楽に」増税できるようになる。
もしかすると、労働力不足による賃金上昇がインフレを招き、「増税によって景気を悪化させ、労働力不足を緩和してインフレを防がなければ」という時代がくるかもしれない。
そうなれば、増税は財政再建と、インフレ対策の一石二鳥となり、気楽にかつ頻繁に行われることだろう。

バブル崩壊後の日本経済の深刻な問題が一気に改善することを考えると、今後当面の日本経済は、「黄金時代」と呼んでいいのではないだろうか。

そうした中、労働力不足だから外国人労働者を活用しようといった話が経済界などから聞こえてくるが、「経済界の利益は日本の利益ではない」ということを明確にすべきだ。

外国から大量の労働力が導入されれば、日本人の失業者やワーキングプアが増え、ブラック企業が生き延び、日本経済の生産性は向上せず、失業対策の財政出動で財政赤字は拡大するからだ。
デフレ不況が再燃すれば、企業経営者だって困るはずだ。

そうした事態を招かないためにも、「労働力不足」を「仕事潤沢」と呼び換えて、これは望ましいことなのだと印象づける必要がある。
日本経済の黄金時代を、日本人自身の誤った選択で壊してしまわないために。

by mnnoblog | 2018-02-09 08:05 | 社会
d0187477_12060155.png
  (日経新聞”春秋”の記事より)

最初は驚き、やがて、怖くなる。
最近、中国発のニュースで伝えられる人工知能(AI)やインターネットを駆使した監視システム「天網工程」のことだ。

14億人の身分証などを中心としたデータベースと、全国各地の2千万台もの街頭カメラがその根幹をなしている。

個人を識別する機能で、信号無視といった違反の取り締まりや犯罪者の摘発に威力を発揮するそうだ。
それだけならまだしも、スマートフォンの位置情報や買い物の履歴から、市民の日常もつかめるようになるらしい。

北京市の公園のトイレには顔認証でぺーパーが出る仕組みまで導入されたと聞けば、空恐ろしくもなる。

雑踏に投網を打つような情報収集は、人々の幸福な暮らしに役立つものなのだろうか。

「習近平国家主席の思想を憲法に書き込む方針」といったニュースを合わせて耳にすると、事態は正反対のようだ。
政権にたてつく人物や予備軍をマークする目的が見え隠れする。
ネットでの検閲対象語「敏感詞」も増加の一途という。

人間を労役から解放し、情報格差をなくすはずのAIやネットが、人の自由を縛りつつあるとみえる。

歴代の王朝は国内の統治や思想の統制に知恵を絞ったが、今、現れ始めたのは、電脳の宝刀を手にした新たな装いの国のようだ。

手法を学ぼうという指導者が出てくるかもしれない。
願わくは、世界の標準にならぬよう。

by mnnoblog | 2018-02-05 08:04 | 社会
d0187477_18303902.jpg
  (NEWSWEEKの記事より)

政治家や著名人の不祥事や失言を糾弾するのがメディアの専売特許だったのは今は昔。
インターネットが普及した90年代後半以降、匿名という特性を活かしたネット民による過激な発言は苛烈を極め、数々の炎上騒ぎを巻き起こしている。

そんなメディアとネット民の双方による過剰なバッシングに、日本社会から寛容さが失われていると感じる人も多いのではないか。

なかでも不寛容さが垣間見えるのが、芸能人の不倫報道だ。
昨年も大手週刊誌が毎週のように芸能人や著名人の不倫現場をスクープ。
今年に入ってからも早速、大物ミュージシャンの不倫疑惑が大々的に報じられ、引退に追い込まれている。

不可解なのは、不倫関係が明らかになった当事者の謝罪会見だ。
本来、謝罪すべき相手は自身や不倫相手の伴侶であり、なんら迷惑を被っていない視聴者や読者ではないはず。

もちろん、芸能人だけに広告に起用した企業や出演番組などの関係者、そしてファンや支持者に向けてのことかもしれないが、果たしてカメラを前に謝る必要があるのか、なぜ人々が他人の不倫をこれほど糾弾するのか、違和感を覚えてしまう。

なぜ日本人はこれほど不寛容なのだろうか。

精神科医の視点から不寛容な日本社会に切り込んだ、昭和大学医学部の岩波明教授に話を聞いた。

「多民族で構成され、さまざまな価値観と触れ合う欧米諸国と違って、ほぼ単一の民族で構成され、比較的同質的な集団の中で育っていく日本では、思考や価値観が似たものとなり、そこから外れた異質な存在を排除する傾向にあります」

つまり不寛容さは、日本特有の「同質性社会」が大きな原因ということ。

そんな不寛容社会・日本を思い起こさせるのは、不倫報道だけではない。
同じく昨年多くのメディアが取り上げたのが、東京の築地(中央区)から豊洲(江東区)への市場移転問題だった。

膨れ上がる事業費など多くの問題が浮き彫りになったが、最も耳目を集めたのが移転予定地の土壌・地下水汚染だ。環境基準を超える有害物質が存在し、それらを封じ込めるための盛り土がなされていなかったことが明らかになった。

これにより、多くの市場関係者や都民が豊洲への移転に猛反発。
二転三転したあげく、東京都は汚染対策の追加工事に着手し、小池百合子都知事が今年10月の市場移転を決定したものの、市場関係者や都民の不安は完全に拭い去られたとは言いがたい。

都が設置した専門家会議の平田健生座長は「安全性には問題がない」という見解を示している。
また、そもそも豊洲市場では地下水を使用しないため、法律的には飛沫を防止すればよく、地下水の水質を測定する義務もないのである。

加えていえば、築地市場の土壌からも水銀や鉛、ヒ素やフッ素といった基準値を超える有害物質が検出され、しかも都の調査によれば場内には500匹とも2000匹ともいわれる大量のネズミが生息しているという。

豊洲と築地のどちらが安全か。科学者らは「100%の安全」すなわち「ゼロリスク」を追求する風潮に警鐘を鳴らすが、報道の過熱や、反対意見を持つ者を攻撃するネット上の感情的反応にも、科学的な視点を欠いた不寛容さが顔をのぞかせている。

不倫報道や豊洲移転問題ほどではないかもしれないが、受動喫煙防止対策を端緒とする喫煙者へのバッシングも不寛容さを感じる一件だ。

東京都でも昨年10月、家庭内や自動車内での喫煙を規制する「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」が議会で可決され、今年4月からの施行が決定。さらに、都は独自で厚労省より厳しい条例の導入も検討している。

こうした動きに、嫌煙派のネット民は大喝采。関連する掲示板には喫煙者の人格すら否定するような不寛容なコメントがあふれ返っている。

岩波教授はこう語る。

「たばこの場合、規制の内容はともかく、僕ら医学関係者から見て不思議なのは、ではアルコールはどうなのかということ。
アルコール依存症は内臓のみならず脳にもダメージを負う恐ろしい病気です。
現在、患者数は何十万人にも及び、治療には莫大な税金が使われている。
そうした観点から見た場合、なぜたばこばかりでアルコールが規制されないのかというアンバランスさを感じます」

アンバランスな規制には医学的な疑問符が付くが、たばこ規制強化の背景には喫煙者バッシングにつながる不寛容さがあるということかもしれない。

必要なのは一方向だけの意見に惑わされない、冷静さを伴った客観的な視点だ。
それがあれば不寛容さを廃し、日本はさらなる発展を遂げられるのだろうか。

by mnnoblog | 2018-02-04 08:30 | 社会

のほほんと---


by mnnoblog