私のゆるゆる生活

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*ミケランジェロ・ブオナローティ(1475~1564)イタリア
「最後の審判」
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「アダムの創造」
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*ジョルジョーネ(1477~1478)イタリア
「羊飼いの礼拝」
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「大嵐」
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「眠れるヴィーナス」
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*ロレンツォ・ロット(1480~1556)イタリア
「裁判官の前の聖ルキア」
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「キリストと姦婦」
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*ヨアヒム・パティニール(1480~1525)オランダ
「聖ジェロームのある風景 」
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「エジプトへの逃避で休憩」
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*アルブレヒト・アルトドルファー(1480~1538)ドイツ
「アレクサンダーの戦い」
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*ベルナルディーノ・ルイーニ(1480~1532)イタリア
「キリストと医師の論争」
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*ラファエロ・サンティ(1483~1520)イタリア
「大公の聖母」
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「ゴールドフィンチのマドンナ」
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「アテネの学堂」
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「ヴェールを被る女性」
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*ハンス・バルドゥング(1485~1545)ドイツ
「三人の王の祭壇画」
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*ジャン・クルーエ(1485~1541)ドイツ
「フランスのフランソワ1世」
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(WEB GALLERY of ART, Art Renewal Center ,CGFA, The Athenaeum より引用)
by mnnoblog | 2011-02-27 20:54 | 美術
*ぺルジーノ(1450~1524)イタリア
「マグダラのマリア」
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「キリストは聖ペテロに鍵を渡す」
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*ヴィットーレ・カルパッチョ(1450~1526)イタリア
「エジプトへの逃避」
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「聖ステパノへの投石」
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*ルカ・シニョレッリ(1450~1523)イタリア
「聖ヨセフと聖母子ともう一人の聖」
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*レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)イタリア
「受胎告知」
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「最後の晩餐」
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「モナ・リザ」
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「ラ・ベル・フェロニエール」
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「糸巻きの聖母」
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「バブテスマの聖ヨハネ」
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*フィリッピーノ・リッピ(1457~1504)イタリア
「宮殿門のエスター」
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*ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス(1460~1490)オランダ
「荒野の洗礼者ヨハネ」
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*ヘラルト・ダヴィト(1460~1523)オランダ
「エジプトへの逃避中の休息」
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*クエンティン・マサィス(1465~1530)ベルギー
「金貸しとその女房」
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*ジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオ(1467~1516)イタリア
「 聖セバスチャン」
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*アルブレヒト・デューラー(1471~1528)ドイツ
「アダムとエヴァ」
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「四人の使徒」
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「自画像」
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*ルーカス・クラナッハ(父)(1472~1553)ドイツ
「真実の口」
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(WEB GALLERY of ART, Art Renewal Center ,CGFA, TIME LINE、The Athenaeum より引用)
by mnnoblog | 2011-02-26 12:28 | 美術
*ウゴリーノ・ディ・ネリオ(1317~1327)イタリア
「ユダの裏切りとキリストの逮捕」
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*ロバート・カンビン(1375~1444)オランダ
「メローデの祭壇画、中央は受胎告知」
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*ヤン・ファン・エイク(1390~1441)イタリア
「キャノンファンデルワールPaeleとマドンナ」
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「宰相ロダンの聖母子」
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*フィリッポ・リッピ(1406~1469)イタリア
「聖母の戴冠式」
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*ペトルス・クリストゥス(1415~1473)オランダ
「細工師の守護聖人、聖ロイ」
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*ベノッツォゴッツリ(1420~1497)イタリア
「タガステの学校」
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*アントネロ・ダ・メッシーナ(1430~1479)イタリア
「書斎のヒエロニムス」
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*アントニオ・デル・ポッライオーロ(1431~1498)イタリア
「アポロとダフネ」
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*ジョヴァンニ・ベリーニ(1433~1515)イタリア
「地上の苦悩」
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「聖ヒエロニムスの読書」
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*ハンス・メムリンク(1435~1494)ベルギー
「キリストの出現と偉業」
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「キリストの受難」
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*コジモ・ロッセッリ(1439~1507)イタリア
「紅海を渡る」
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「黄金子牛による十戒 」
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「山上の垂訓」
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「最後の晩餐」
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*サンドロ・ボッティチェッリ(1445~1510)イタリア
「キリストの3つの誘惑」
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「コラのお仕置き」
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「東方三博士の礼拝」
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「ヴィーナスの誕生」
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「プリマヴェーラ」
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「若い女性」
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*ドメニコ・ギルランダイオ(1449~1494)イタリア
「ジョヴァンナ・トルナブオーニ」
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(WEB GALLERY of ART, Art Renewal Center, CGFA, The Athenaeum より引用)
by mnnoblog | 2011-02-25 17:10 | 美術
頂いたチョコレート
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今日はバレンタインデーである。
日本で普及し始めたのは、1980年頃だったと思う。

最近は「義理チョコ」以外に、友達同士の「友チョコ」が流行っているらしい。
また稀に、男性から女性への「逆チョコ」も登場しているみたいだ。

チョコレートは「媚薬」であると、古来、多くの人から信じられてきました。
事実、イギリスの研究者の実験では、ブラックチョコレートが舌の上で溶け始めると、脳が激しい興奮状態になる事を発見しています。

また、2002年豪ニュ―サウスウエルズ大学パーカー教授は、ブラックチョコレートは、脳内物質の「エンドルフィン」の分泌を促し、食べた人に幸福な気分を高めると報告しています。

それ以外の効能として、「血管の機能を改善」して「血圧を下げる」作用もありますし、「血栓の形成を防ぐ」事や、「コレステロール値の改善」、「脳機能の低下を予防」、「リラックス効果」等があるそうです。

以上の効果は、ポリフェノールが豊富なブラックチョコレートか純ココアを食する事で得られるとされています。

但し、チョコレートは高脂肪、高カロリー食品ですので、食べ過ぎにはくれぐれも気を付けましょう。
(2009年、ダイヤモンド・オンラインからの記事を引用しました)

by mnnoblog | 2011-02-14 15:03 | 日記
ジェフ・ダネレック氏が「人類史上もっとも偉大な発明家トップ10」を発表していますが、昭和60年に特許庁において選定された日本の「十大発明家」を紹介したいと思います。

1、豊田佐吉(1867~1930)
d0187477_962652.jpg静岡県湖西市の貧しい農家兼大工の家に生まれた。
小学校を卒業した後、父のあとを継いで大工の修業を始めたが、東京で行われていた内国勧業博覧会を訪れた時、外国製の機織りを目にする。
佐吉の母は機織りで生計を支えていたが、この頃の機織りは一枚を織るのに多大な労力と時間が掛かっていた。
数年間、織機の発明に取り組み、「豊田式木製人力織機」を完成した。
これが日本で大ヒットとなり、その後「豊田式木鉄混製動力織機」を発明して生産性を高めた。
当時、明治政府は紡績産業に力を入れていた事から、日本の産業発展に貢献する事となった。
1924年に発明した「G型無停止杼換え式トヨタ自動織機」は世界初の自動織機として、英ブラット社が当時の100万円で特許を買い取り、その資金で息子の喜一郎と共に自動車の開発を始める事となった。
佐吉自身は志半ばで亡くなりますが、その遺志を引き継いだ喜一郎は現代のトヨタグループの礎を築く事となった。


2、御木本幸吉(1858~1954)
d0187477_9161969.jpg三重県鳥羽市で代々うどんの製造・販売を行う「阿波幸」の長男に生まれた。
30歳の頃、当時天然真珠は高値で取引されており、全国のアコヤ貝は乱獲により絶滅に瀕していた。
この事態を憂慮して、アコヤ貝の養殖を行うと共に「真珠の養殖」を研究し始めた。
1893年、実験中のアコヤ貝の中に半円真珠が付着しているのを発見してから、1896年に真珠養殖法の特許を取得する。
1905年に完全な新年真珠の養殖法を確立する。
その後、ヨーロッパの宝石商が養殖真珠は天然真珠と比べニセモノであると訴訟を起こしたが、天然と変わらないと認定され、世界に認められるようになった。
幸吉が創設したミキモトは世界の真珠をリードする存在として活躍している。


3、高峰譲吉(1854~1922)
d0187477_9175442.gif富山県高岡市で加賀藩の御典医の長男に生まれる。
母は造り酒屋出身で後の麹の改良に繋がる。
東京大学 応用化学科を卒業後、英グラスゴー大学へ留学し、その後農商務省に入いり肥料の改良に従事する。
1884年にアメリカで開催された万国工業博覧会に派遣され、終生の妻となるキャロライン・ヒッチと婚約する。
農商務省を辞した後、アメリカへ永住する。
1894年、でんぷんを分解する酵素を植物からジアスターゼを抽出し、自分の名前を付け「タカジアスターゼ」と名付け、消化薬として有名になる。
譲吉が移住したシカゴは、多数の食肉処理場があり、家畜の内臓からアドレナリンの抽出の成功、止血剤としてあらゆる手術に用いられた。
1913年「タカジアスターゼ」の販売権を持つ三共(現在の第一三共)の初代社長に就任する。


4、池田菊苗(1864~1936)
d0187477_9224010.jpg京都で薩摩藩士の二男に生まれる。
東京大学理科学化学科を卒業後、同大学の助教授となり、1899年ドイツへ留学中、半年間ロンドンに滞在していた時に、夏目漱石と同じ下宿に住む。
菊苗は夕飯に出された料理のおいしさに気付き、それが昆布を使った事を知り、昆布だしから旨みの成分を抽出する研究を始め、1908年、昆布の旨み成分がグルタミン酸である事を発見する。
翌年、味の素(株)よりうま味調味料「味の素」が発売される。


5、鈴木梅太郎(1874~1943)
d0187477_9252240.jpg静岡県新田村の農業の二男に生まれる。
東京大学農学部農芸科を卒業後、同大学の教授となり、理化学研究所の設立者となる。
1910年、脚気の疫病に関する研究を報告。この報告にはニワトリに白米のみで飼育すると脚気の症状が出るが、玄米では脚気の症状が出ない事が記されていた。
その後、米ぬかからビタミンB1の抽出に成功し、「オリザニン」と名付け、脚気の特効薬として広まる。
1922年に合成清酒を発明して,「利休」の名で市販される。
「利休」は協和発酵キリンを経て、アサヒビールに引き継がれている。





6、杉本京太(1882~1972)
d0187477_9261887.jpg岡山県に生まれる。
中学を卒業後、印刷技師として従事する中で、活版印刷をより簡略化するために邦文タイプライターを思い着く。
京太が考案したのは、英文タイプライターのように円筒状に活字を並べる構造ではなく、平面に活字を並べる構造だった。
日本語の場合、ひらがな、カタカナに漢字と最低でも2000文字が必要になる為、実用に適した邦文タイプライターは困難とされていた。
発明後、「日本タイプライター(株)」を設立し、後のキャノンになって行く。





7、本多光太郎(1870~1954)
d0187477_9271480.jpg岡崎市に生まれる。
小さい頃は学校の成績も悪く、年中青鼻を垂らしていた。
1894年東京大学理学部物理学科卒業後、ドイツとイギリスへ留学し、同大学の物理学科教授になる。
1917年、永久磁石のKS鋼を発明する。また、1934年に新KS鋼を発明する。
その当時は世界最強の永久磁石であった。
身の回りの事は気に掛けず、大雑把であったと云う。



8、八木秀次(1886~1976)
d0187477_92824.jpg大阪府に生まれる。
1909年東京大学電気工学科を卒業後、東北大学の教授の時に、「導波現象」を発見する。
1925年、宇田新太郎と共にその理論に基づく八木アンテナの実用化に成功し
特許を取得する。
しかし、当時の政府や軍部は八木アンテナの有効性を認めなかった。
一方、欧米ではレーダーの感知精度の向上に有効である事に気づき、日本より優れたレーダー技術を持つようになった。
シンガポールへ進出した旧日本軍はイギリス軍の基地でレーダーの資料の中から「YAGI」の文字を見つけ、それが八木アンテナである事に気づき、研究を開始したが、手遅れのまま終戦を迎える事となった。
終戦後、秀次は「八木アンテナ(株)」を設立する。


9、丹羽保次郎(1893~1975)
d0187477_9284844.jpg三重県松阪市に生まれる。
1916年東京大学電気工学科を卒業後、逓信省を経て、日本電気に入社。
写真電送の研究に取り組み、NE式写真電送装置を完成する。
ファクシミリの原型は、電話の発明者の一人であるグレイが発明したが、実用化したのは日本です。
保次郎達が開発した「NE式写真電送機」と外国ファクシミリの比較が、1928年昭和天皇の即位の式典で行われ、外国のファクシミリは電送するのに数時間かかったのに対して、「NE式写真電送機」は一発で成功しその速度と精度を見せつける事となった。
1949年東京電機大学の初代学長に就任する。




10、三島徳七(1893~1975)
d0187477_9293810.jpg兵庫県洲本市で農家の5男に生まれる。
1920年東京大学小学部鉄冶金学科を卒業後、主任教授の三島家の養子となる。
1931年MK鋼を発明する。
鉄にニッケルを加えても磁石にならないが、更にアルミニウムを加えた合金は永久磁石に適している事が分かった。
MK鋼は本多光太郎のKS鋼より磁力が強く、且つ製造費用安くを抑える事が出来た。
永久磁石は、マイクやスピーカー、発電機やモーター、ハードディスクに使用され電化製品にとって無くてはならない存在となる。




by mnnoblog | 2011-02-13 09:34

脳に見る男と女の違い

男脳と女脳の違い(Google imagesより)
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男性と女性が話をしている時、話がかみ合わない事がよくあります。
お互いが話を理解しようとする時の微妙な差は、どうも男性と女性の脳の違いから生じているらしい。

例えば、話を聞いている時、男性はほとんど左脳だけを使っているのに対し、女性は左右両方の脳を使っている事が分かっている。

これは、左右の脳を繋ぐ「脳梁」という神経の束が、女性の方が男性より脳全体と比較して太いからではないかと言われている。

「脳梁」の束には視覚や言語の処理に関わる神経からなっており、女性の方が左右の脳をバランス良く使えているのではないかと考えられている。

男女が話をする時、男性は左脳を使って理論立てて話そうとするが、女性は脳全体を使って話すので、無駄な話も入って来て、理論立てて話がまとまらない傾向がある。

ただし、右脳には抑揚の判断や連想の絡む機能があると言われており、女性の方が右脳を使って、相手がどんな気持ちで話をしているかを感じ取りながら、左脳と情報を突き合わせて判断していると云う。

つまり、男性の方が左脳だけを使い、抑揚とか連想にとらわれず、言葉通りに受け取る事に対して、女性は相手の気持ちを読み取りながら話をしている事になる。

女性も、男性が相手の気持ちを読むのが不得手でデリカシーに欠けると分かれば、
鷹揚になれるし、男性も左右の脳で話をしていると分かれば、女性のおしゃべり好きなのも理解し合えると言う事です。

お互い相手を理解して話をすれば、けんかする事もなくなると思いますがーーー。

by mnnoblog | 2011-02-07 10:55

ボランティアの輪

ボランティアの輪(Google imagesより)
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1/31~の大雪で、福井県の国道8号線では約1000台もの車が立ち往生していた時、
地元沿線ぞいにお店を出している人達から、車の運転手へコーヒーやらおにぎりやらと暖かい飲み物や食べ物の差し入れがあった。

寒い車内でズーと車が動くのを待っている運転手さん達にとって、有り難い差し入れだったそうです。
殆どのTVニュースにこの事が報道されていないのは、残念に思う。

1995年の阪神・淡路大震災の時は、全国から大勢のボランティアが駆けつけ、被災者の人達の救援活動を行った事があった。

この頃は学校崩壊のニュースが時々報道されたり、若者の服装の乱れなどから「今の若者は何を考えているのか」という思いがあったが、ボランティアに駆けつけたのは、殆どが若者達であった。

私はこの時、「日本の若者も捨てたものではない」と思う様になった。
この期からボランティア活動が注目され、「ボランティア元年」と呼ぶようになった。

その後、2007年に起きた新潟の中越沖地震での災害救援活動で、阪神・淡路大震災時のボランティア活動が教訓となり、スムースな救援に結びついた。

暫くして、ホームレスの人たちへの支援活動の動きが高まり、行政では「自立支援センター」や民間では「ホームレス支援全国ネットワーク」等が支援活動を行う様になった。

振り返ってみれば、高度成長が続いていた日本は都市化が進み、核家族化や、個人主義が高まって、人と人との繋がりが薄れて行った。

金持ちになって、大きな立派なマンションに住んでいても、隣に誰が住んでいるのかさえ気にしないし、気に掛けない。
極めつけは、一人暮らしのお年寄りがひっそりと誰にも声を掛けずに亡くなっていたりした事は、その典型であろう。

しかし、是ではいけないと皆が思い始めた。
困っている人に手を差し伸べたいと云う気持ちが芽生えて来た。

最近では「タイガーマスク」現象がその良い例であろう。
養護施設への児童たちに送られたプレゼントは、今までに無いものだった。

2000年から日本の「家計貯蓄率」は年々下がり続けている。
殆どの人たちは、今迄貯めこんだ貯蓄を取り崩しながら生活をしているのである。

しかし、周りを良く見てみると、もっと苦しい思いで生活している人がいる。
自然と救援の心が湧き出てくる。

「ボランティア精神」が多くの日本人の間に芽生えて来ているのだと思う。
貧しい中で助け合った日本人の、昔からの「互助」の気持ちが蘇って来たように思う。

by mnnoblog | 2011-02-03 06:44

のほほんと---


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