私のゆるゆる生活

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梅雨明け?

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昨日、気象庁は関東甲信地方の梅雨明けを発表。
平年より22日も早い梅雨明けである。

29日の関西地方は時々雨が降り、蒸し暑く、梅雨明けにはほど遠い気候であった。
TVで兵庫県にあるABCゴルフ倶楽部で行われていた女子プロの中継を観ていたが、最終組が前半ハーフを終えた時、豪雨となり試合は中止したほどである。

梅雨明けが関東からと言う事も珍しいのではないか。
九州、四国、関西、中部を経て関東と言う順序なのではないかと奇異に感じる。

ジメジメとした気候より、カラッと晴れた方が好ましいとは思うが、30度以上の日が続くとこれまた熱中症対策を考えなければならず、夏の暑さも大変である。

昔と違い、エアコンが普及したおかげで夏の暑さもしのげることができる。
”文明の利器様様”である。

by mnnoblog | 2018-06-30 08:34 | 日記

赤い月への願い事

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満月だった昨日の夜、月が赤く見えた。

夕日が赤く見えるのと同じ現象で、地平線近くで見られると言う。

赤い月を見ると願い事がかなうと言います。
願い事はかなうのでしょうか?

by mnnoblog | 2018-06-29 08:40 | 日記

「宇宙戦争」と言う映画

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私が子供の頃、観た映画で一番印象に残っているのは、1958年製作の「宇宙戦争」であった。

火星から来た、1本の触角を持った空飛ぶ円盤型の戦闘機から放たれる怪光線で地球は攻撃される。
この攻撃に原爆で反撃するが効き目はなく、人々はなす術もなかったが、ある時から急に攻撃は止まってしまう。
その原因は、人類には免疫になっているバクテリアによって火星人は死んでいった事が判明する。

私は当時10歳頃でこの映画を見た後、青い光を放つ戦闘機が目に焼き付いて離れなかった。

もしバクテリアで火星人が亡くならなかったら、地球はどうなっていただろう。
いつの日か地球は他の宇宙人から攻撃される日が来るのではないか。

そう思うと夜も眠れなかった記憶がある。
子供に強烈な恐怖心を与えた映画であったが、私にはいつ何時何があるかわからないという用心深さを与えた作品でもあった。

この映画は、H・G・ウェルズのSF小説を原作として作られており、その後2005年にスティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の同名の映画が製作されている。

by mnnoblog | 2018-06-28 08:40 | 思い出

高レベルの放射性廃棄物

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地球が誕生した45億年前には、地中に強い放射性物質が存在していたらしい。
しかし、45億年も経つと核分裂物質のウラン235が天然ウランの中にわずか0.7%だけ地球に残った。

1938年ドイツの物理・化学学者のオットー・ハーンによる核分裂反応(ウラン235が中性子を吸収して二つの物質に分裂する事)の発見により原子の力を人類は獲得してしまった。

私に言わせれば、禁じられた「パンドラの箱」を開けてしまったのである。

現代の物理・化学の研究の進歩により、オットー・ハーン以外の誰かにいずれは核分裂反応は発見されていたであろう。

しかし、そこから人類は核分裂生成物と言う放射性廃棄物を生み出す魔物から逃れる術に苦悩することになってしまう。

原子力の利用の内、原子力発電は石油や石炭を殆ど保有しない我が国に、エネルギー確保の点で多大な恩恵をもたらした。

しかし、原子力発電から発生する使用済み放射性廃棄物、特に高レベルの廃棄物をどこに処分したらよいか何も決まっていない。

世界の中で処分場が決まっているのは、フィンランドとスウエーデンだけである。

処分方法として、今迄「海底処分」、「南極での処分」、「宇宙への処分」が取り上げられたがいずれも禁止された。

今では地中深く埋めて処分する方法が検討されているが、国内では処分地が定まっていない。

当然と言えば当然な話で、火山列島であり地震大国である日本で、数万年以上も安全に保管できる場所なぞあるわけがない。

では他の国で処分をお願いできるのか。
金を積んでお願いしても、こんな物騒なものを受け入れる国はいない。

開けてしまった「パンドラの箱」を今後日本ではどのようにして蓋をする事ができるのか、こう考える時、私はふと夜中に目が覚めてしまうのである。

by mnnoblog | 2018-06-27 08:45 | 独り言

神有カントリー倶楽部

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昨日は今年一番の暑い日だった。
そんな暑い中、元会社仲間と神有カントリー倶楽部でゴルフをしてきた。

中国自動車道西宮北口を降りて直ぐのゴルフ場である。
意外と近いのに初めてプレイするゴルフ場であった。

開場は1966年と言うから、関西では比較的古くからあるゴルフ場である。

多少のアップダウンはあるが、フェアーウエーも広く、木々に囲まれ気持ちも良いコースだと思った。

今日のスコアーは47/47=94だった。
暑さでバテなかっただけ良しとしたい。

by mnnoblog | 2018-06-26 08:40 | スポーツ

任意保険の「ASV割引」

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任意保険の任期が来月切れる。
継続契約を行う事になるが、今年から導入された保険の割引に「ASV割引」と言うものがある。

「ASV割引」とは自動ブレーキ装着車に最大9%の割引がされるというものである。

しかし、乗用車は、発売されてから3年以内の自動ブレーキ装着車に限られ、割引期間は3年間となっている。

私が乗っているボルボは、自動ブレーキ装着車であるが、発売されてから4年経過している。

保険会社からの説明によると、私のボルボは発売から3年以上経っているので「ASV割引」は適用されないという。

納得できない話である。

発売されてから3年以内と言っても、既に私の車は自動ブレーキ装着車である。

「ASV割引」が、今年から適用されるのであれば、既に装着されている車にも適用されてしかるべきと思うのであるが、その辺の所がよく解らない。

乗用車の保険料は、「型式料率クラス」に基づいて決められるらしい。
私の車も「型式料率クラス」が適用されている。

保険会社からの説明では、私の車は「ASV割引」は適用されないが、「型式料率クラス」が適用されているので、割引されているとの事であるが、全く理解できない。

発売から3年以内の自動ブレーキ装着車は、「ASV割引」が適用され、既に自動ブレーキ装着車であっても、「型式料率クラス」で割引になっていると言われても、その割引は公平なものであるのか?

どっちが得し、どっちが損しているのか?

「ASV割引」された車は、3年後には「型式料率クラス」で保険料が決められるとの事であるが、車種によっては3年後保険料が高くなるという事が考えられるらしい。

そもそも、「型式料率クラス」を決める基準がよく解らない。
コンパクトカーはスピードが出ないし危険な運転をする人は少ないから、事故を起こすリスクは少ないので「型式料率クラス」で判断されると保険料は少なくなる。

それに対して、スピードの出る車は事故を起こすリスクが高いので保険料は高く設定されている。

「型式料率クラス」は、損害保険料率算出機構と言うところが決めているらしい。

事故を起こすリスクは、スピードが出ようが出まいが、運転する人に違いが出ているのではないかと思う。
コンパクトカーでも100Km/hは楽に出る。
スピードの出る車は確かに100Km/h以上出るが、出るからと言っていつもスピードを出して運転しているわけではない。

実際に事故を起こした車種別に統計を取って「型式料率クラス」を決めているのではなく、車種別の固定観念が最初にあって、それ+車種別の事故率で決められているような気がする。

今回の「ASV割引」が保険料に反映されたことは、当然と言えば当然の事であるが、その仕組みが私には全く理解できないのである。
今後、自動運転車が世に出るようになれば、任意保険料はどう変わるようになるのであろうか---------

by mnnoblog | 2018-06-25 08:11 | 気になる事柄

年寄りの暮らし

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何も考えず、眼を閉じて、リクライニングシートに身を委ね、Radio Tunesから流れる「滑らかなラウンジ」の曲を聴いている。

妻が買い物に行っている間、音量を上げて好きな曲を聴くのが一時の楽しみである。

Logicoolのウ―ファーから発する低音が心地良い。

今日は良く晴れた一日であった。
毎朝、NHKの「半分、青い」を見ながら朝食。
8時から自分の部屋で女子プロのゴルフ中継を見た後は30分の散歩に出掛け、午後から続きのゴルフ中継を見る。

それが終わると、女子プロのスイングをイメージしながら、庭で素振りとアプローチの練習。

ちょっと疲れたところで、音楽を聴いている状況である。
音楽を聴きながら、リクライニングから起き上がりスクワットと腹筋を行う。

毎日が日曜日の暮らし、24時間丸々自分の時間である。
その時間が自分をダメにしてしまう。
ある程度メリハリをつけた生活をしなければ、ボケてしまう。

行動的でない自分に、叱咤しながら行動的であろうと考えて暮らしている。

私の家から20分もあれば、大阪の繁華街に出られる。
行動的であれと言っても、75歳の年寄りが一人で繁華街をウロウロしても仕方がない。

若い頃は人混みの中を歩いていても何ともなかったが、今は疲れる。

軽い運動をした後、紅茶でも飲みながらリクライニングに座り、音楽を聴くのが私の暮らしになってしまった。

by mnnoblog | 2018-06-24 08:02 | 日記

後期高齢者医療保険

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市役所から私宛に国民健康保険料の決定通知書が届いた。

75歳になった私は、後期高齢者医療保険者となり、今迄の国民健康保険者とは切り離されたはずである。
今迄は、世帯主として一家の保険料を払っていたものが、後期高齢者となると後期高齢者医療保険者として個人として保険料を支払う事になる。

書類を良く調べてみると、保険料は家内の保険料であった。
世帯主は私であるから、私宛になっているので、勘違いしてしまったのである。

このような勘違いは私だけではないであろう。
保険料を支払う立場からすると、勘違いしないように書類に説明を記すべきである。

保険証も国民健康保険証から後期高齢者医療保険証に変わている。

高齢者医療制度の概要は、厚生労働省のホームページから引用すると、「国保と被用者保険の二本立てで国民皆保険を実施しているが、所得が高く医療費の低い現役世代は被用者保険に多く加入する一方、退職して所得が下がり医療費が高い高齢者になると国保に加入するといった構造的な課題がある。このため、高齢者医療を社会全体で支える観点に立って、75歳以上について現役世代からの支援金と公費で約9割を賄うとともに、65歳~74歳について保険者間の財政調整を行う仕組みを設けている」との事である。

そこで気になるのが、保険料がどう変わるのかと言う事である。

後期高齢者医療制度は各都道府県が設置する「後期高齢者医療広域連合」が保険者となり、財政的負担能力と地域の医療費の水準に応じて保険料が算定されるとの事である。

私のように同じ場所に住み、所得も同じであれば原則、保険料も同じとの事であるが、7月中旬頃に保険料の通知が来るので確かめたいところである。

by mnnoblog | 2018-06-23 08:40 | 健康

自然災害への対応

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6/18に発生した地震の余震が続いている。

私が感じた余震は5回程であるが、気持ち悪いものである。

少し揺れがあると「来たか!」と身構えてしまう。
地震大国に住んでいる以上、天命と言っても良い現象であるが、自然に対する人間の脆さを痛感する。

日本に来日した外国人が地震にあった時、パニックにならず落ち着いて行動する日本人に感銘を受けるらしい。

我々日本人は小さい頃から地震に慣れてしまっている事、地震には逆らえない事、地震があればお互い助け合う事を肌で知っているのだ。

国は地震に対して予兆できないものか、学者も交えて検討したが、結論は地震の予兆は出来ないとの事であった。

宇宙に行ける技術を持ちながら、住んでいる地球で何が起こるのか解明できないという事に大きなもどかしさを感じる。

人間は地球を滅ぼしてしまう程の核爆弾を有しながら、雷、竜巻、台風、地震と言う自然災害には全く無力である。

いつ何時大きな災害が起こるかわからないのに、意外と気楽に生きていけるのも、地球上に生まれた生物特有の有難い対応力かも知れない。

by mnnoblog | 2018-06-22 08:14 | 独り言
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今思えば、案外、営業と言う仕事が自分には向いていたかも知れない、と思ったりもするが、天職と言えるものではなかった。


では、自分にはどんな仕事が本当に向いていたのか?

一つの事にコツコツと辛抱強く成し遂げていくのが、自分は好きであり、自分に向いていると思っている。

そのような性格から考えていけば、研究者あるいは創作者と言ったところであろうか。

一種の職人的な仕事が向いているような気がする。


研究目標を決め、コツコツと辛抱強く実験を繰り返すことはできるが、自分の才能を考えれば研究者として素晴らしい成果を出せるとは思えない。


そうすれば、創作者か?

しかし、自分には新しい発想が次々と出てくるような頭脳を持ってはいない。

むしろ「細かい美術工芸品を昔ながらの伝統に従って作っていく」と言う方が向いている気がする。

いわゆる伝統工芸品作りの職人である。


伝統工芸品と言っても、織物、染色品、陶磁器、漆器、木工品、和紙、石工品等々がある。

その中で私が惹かれるのは木工製作である。

釘を使用せず、木同士を組み合わせて作り上げていく日本古来の建築様式で作る構法に憧れる。


「自分は何に向いているのか」を中学、高校の時に自覚し、将来の進むべき方向を定める事は難しい。

こういう方向に進もうと思っていても、会社に入れば自分の思った配属先で仕事ができるとは限らない。


木工製作に携われるような仕事する人になるんだと覚悟を決め、その方向に突き進めば、本来の自分の道は開けたかも知れない。

大学へ進学する頃に自分はそこまで突き詰めて考えてなかった。


だからと言って、自分の人生は失敗したとは思っていない。

好きでない仕事ではあったが、高度成長の時期に仕事をしてきたことは楽しい事ではあった。

年々売り上げは伸び、給料も上がっていった。

バブルも経験した。

今では良い思い出となっている。


自分の思い通りの人生を送れる人はほんの僅かであろう。

自分に合った仕事ではなかったが、それなりに良かったと思ってはいるが---


by mnnoblog | 2018-06-21 08:57 | 独り言

のほほんと---


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